アメリカで活躍中の日本人が解説する医学教育と家庭医療

今回は、アメリカで医師として10年近く活躍中の西連寺智子先生との対談です。特に彼女の専門分野であるアメリカの医学教育と家庭医療(family medicine)について、話を伺ってみたいと思います。

西連寺智子(さいれんじ・ともこ)

医師。飯塚病院で初期研修修了後に渡米。ピッツバーグ大学メディカルセンターでFamily Medicineのレジデンシープログラム、Faculty Developmentのフェローシップと医学教育修士を経て、現在はシアトルにあるワシントン大学のファカルティーとして勤務中。アメリカの医学教育プログラム作成委員であると同時に、family physicianとして分娩から小児、成人、高齢者などの幅広い診療にも携わっている。2児の母としても日々奮闘中。

目次

経歴

日本で初期研修修了後、アメリカでレジデントから再スタート

ーーまずは、西連寺先生が渡米するまでの経歴を教えてもらえますか?

西連寺智子先生(以下、西連寺):私は福岡県の飯塚病院での初期研修の後、1年間をUSMLEの受験勉強とマッチングの準備に充てました。ピッツバーグメディカルセンターshadysideのfamily medicine residency programに運良くマッチングできたため、卒後4年目でアメリカのレジデントを開始したことになります。

医学教育のスペシャリストになるため、フェローシップと修士課程を同時に履修

ーーレジデントを修了した後も、暫くはピッツバーグに残っていましたよね?

西連寺:Family medicineのレジンデンシーは3年で修了したのですが、その後もfaculty development fellowshipという医学教育プログラムのフェローとして2年間ピッツバーグに残りました。これは、医学教育について学ぶプログラムで、レジデントや学生へに対する臨床教育手法、実技の指導、外来や病棟の指導、カリキュラムの作り方、教育に関する研究方法、リーダーシップなどについて、実践的に学ぶことができました。

ーーその頃から、すでに医学教育に興味があったんですね。

西連寺:そうですね。そもそも渡米した理由の一つに、将来的に日本でfamily medicineのresidency programを作りたかった、という夢がありましたから。

ーー修士課程も修了したと記憶しているのですが、どのような修士なのでしょう?

西連寺:レジデンシー修了後、Faculty development fellowshipに進むと同時に、医学教育に関する修士課程にも在籍していました。同じ医学教育であっても、修士課程は講義室で理論を学び、フェローシップは現場で学び実践する、といった、違う目的がありました。私の場合はフェローシップと修士を同時に行ったため、2年間で両方を修了することができました。その後、要するに卒後9年目にシアトルにあるワシントン大学に移り、現在に至っています。

フェローと修士という経歴が就職に役立った

ーーワシントン大学はとても有名な病院で優秀な人材が集まると聞いてます。そこに就職できたのは、西連寺先生のこれらの経歴の影響もありそうですか?

西連寺:そうですね。言い方悪いですが、アメリカではIMG (International Medical Graduate)は少し「劣っている」という暗黙の認識があるのは事実です。実際、ワシントン大学のコアファカルティの中でも、IMGはごく少数です。そこに、こうやってIMGである私がコアファカルティとして迎え入れられたのは、前述のようなフェローシップや修士課程の影響は少なくないと、個人的には感じています。

家庭医療の雄ワシントン大学

ワシントン大学は全米トップ

ーーワシントン大学のfamily medicine(家庭医療)について教えていただけますか?

西連寺:ワシントン大学は、family medicineという分野で特に有名で、ここ20年間は全米1,2位というランキングを守り続けています。その影響か、アメリカ全体ではfamily medicineに進む人が8%程度であるのに対し、ワシントン大学の学生250人のうち60人もの学生がfamily medicineをマッチング先として指定し、40-45人、率にして全体の15-18%もの学生がfamily medicineに進んでいます。

ーー普通の倍とは、family medicineに力を入れている大学なんですね。やはり組織も大きいんでしょうか。

西連寺:そうですね。ワシントン大学のDepartment of family medicineの中にも様々な部門があって、例えば、メディカルスクール部門、レジデンシー部門、緩和医療部門、スポーツ医学部門、ネットワーク部門、研究部門、といった感じです。ちなみに私はメディカルスクール部門のコアファカルティーとして働いています。

ファカルティーが教育に関与

ーーすみません。そもそもファカルティーって何ですか?

西連寺:単純に言えば、ファカルティーは正式に教育に関与している人のことです。医学部に所属しているか、レジデンシープログラムに所属しているとそのタイトルが与えられます。

ワシントン大学内部には100人程度の「コアファカルティー」が存在し、うち半分程度が医師です。一方、family medicineという特性により、市中病院に所属しつつレジンデンシープログラムの作成や学生教育に関与している医師もいます。彼らは「クリニカルファカルティー」と呼ばれ、約1200人もの市中病院やクリニックの医師が、何らかの形でワシントン大学のfamily medicineの教育に関与しています。

ーークリニカルファカルティーのメリットって、何でしょうか?

西連寺:クリニカルファカルティーは基本的にボランティアですので、役職自体は無給です。しかし、レジデントや学生の教育に関与しているという意識や、大学病院図書館へのアクセス権、「ファカルティー」や「clinical associate professor」といったタイトルがつくことなどがメリットでしょうか。まぁ、純粋に教えるのが好き、ということもあるでしょうが(笑)。ワシントン大学では、約100個の病院と、教育や実習、ローテーション先として提携しています。

レジデント以外は皆アテンディング

ーー先ほど、ファカルティーといった役職が会話の中にでてきましたが、アメリカではアテンディング(Attending)やプロフェッサー(Professor)といったタイトルも聞きますよね。どう違うのですか?

西連寺:レジデントやフェローのトレーニングを全て終えてそれぞれの分野で一人前になった医師は皆アテンディングです。専門によってはレジデンシーを終了した時点でアテンディングになれますが、更にフェローシップを終えないとその科のアテンディングとして認められないこともあります。

プロフェッサーは、ファカルティーやアテンディングとは異なる、大学のシステム内で用いられるタイトルです。階級が上から順に、Professor、Associate professor、Assistant professor, Instructorなどがあります。例えば私は現在assistant professorですが、ワシントン大学では7年間assistant professorを務め、かつ業績があれば厳しい審査を経てassociate professorに昇進できます。逆に7年間で昇進できなければクビになりますが(笑)。Associate professorになった後、そのまま退官を迎える人もいますし、もっと昇進してprofessorになる人もいます。

ーーでは、西連寺先生は、アテンディングであり、コアファカルティであり、アシスタントプロフェッサーでもある、ということになりますね。

西連寺:そういうことになりますね(笑)。

日本の教授にあたる組織のトップは「Chair」

ーー日本の大学では、通常は教室としての教授(Professor)は一人であり、組織の長としてマネージメントを行っていることが多いですが、そちらではどうなんですか?

西連寺:アメリカのprofessorとは、前述のような形で昇進していくものですので、日本と違い一つの部署に多くのprofessorがいます。一方で、日本の教授にあたる組織のトップは「Chair」と呼ばれますね。その下の組織構成は大学や科によって異なりますが、ワシントン大学では「Chair」の下は「Vice chair」で、その下に「Section head」といった役職が存在します。

スペシャリティである医学教育

教育6割、臨床3割

ーーこれまで臨床とともに医学教育について学んでこられたようですが、現在はどのように仕事をしているのですか?

西連寺:現在は、教育6割、臨床(外来)3割とし、9割分の給料で働いています。ただし、それとは別に病棟アテンディング(年間3週間)と当直(月2−3回)があります。

ーー日本の医師の生活から考えると想像しにくいですが、臨床以外の時間をそんなに確保できるものなのでしょうか。

西連寺:例えば、半日の外来を週3回すれば3割の臨床になりますので、その他の時間は教育に当てることができます。仕事の時間は決まっていますので、あとはどのように割り振るかです。プライベートの時間を削ることはありません。

アドバイジングやカレッジメンターとして学生を指導

ーー教育に関しては、具体的にどのようなことをしていますか?

西連寺:例えば、私は全体の仕事の25%をキャリアアドバイジングという仕事に充てています。これは、ワシントン大学の学生でFamily Medicine Residencyに進みたい学生のアドバイスをします。レジンデンシープログラムの選択の相談、書類の添削(CVや自己推薦文personal statement)、インタビューのアドバイスなど、うまくマッチングするためのサポートを全般的にしています。

また、もう25%はカレッジメンターといって、各学年5人のメンターとして、医学部在籍中の4年間ずっと指導することに充てています。医学部1,2年目から病院に連れて行き、病歴聴取や身体診察の方法、プレゼンテーションやカルテの書き方を教え、添削・フィードバックを行います。最初は全くできない学生が、次第に鑑別やアセスメントがしっかりと出来ていくようになるんです。成長過程が見られるのは楽しいですね。また、自分自身の勉強にもなりますし、プロフェッショナルとして、ロールモデルしていかなければならないというプレッシャーもあり、常に成長し続けられるいい仕事だと思います。

教育プログラム作成にも関与

ーー西連寺先生は、このような学生に対する教育そのものだけでなく、教育プログラム作成にも関わっているんですよね?

西連寺:そうですね。私の仕事の一つに、学生のローテ先の提携病院やクリニックの視察があります。それぞれの研修サイトに2年に一回訪れます。アメリカでは学生も指導医の評価を行うため、視察時には学生にインタビューを行います。ローテートの始めにオリエンテーションしてもらえたか、十分に実践させてもらえたか、フィードバックしてもらえたか、指導の質など、いろいろと聞き出します。そして、実習終了後のアンケートデータを収集し、現場の指導医にフィードバックをすることで学生の実習をよくしていきます。これがfaculty development です。

ワシントン大学のfamily medicineとしての提携病院先は5つの州にまたがっているため、たった4箇所の視察に丸4日間必要となることもありますし、施設間の移動に車で10時間かかることもあります。しかし、人口12人の町が散在する超田舎からシアトルといった都会まで、アメリカの様々な側面を見ることができてすごく楽しいです。

Family medicine

ーー時代の変化とともに、臨床医としての価値観もいろいろと変わってくると思います。例えば、私の専門である麻酔や集中治療領域はモニターや数字に囲まれ、人工知能が進出しやすい分野と考えることもできます。一方で、family medicineは数字では語れない「人」を相手にしている最たる専門職だと思っているのですが、如何ですか?

西連寺:その通りだと思います。患者のニーズに応えることが最優先であり、私たちの分野では広く患者の対応ができることが強みです。患者と長く関わることによって、自分にしかわからない患者のことが増え、その患者にとって自分にしかできないことが増えてきます。人間や社会は複雑なので、研究の通りにはいきません。不安が強くて薬を取りに行けない人もいますし、医師や看護師から体重を指摘されるのが嫌で病院受診をしない肥満患者だっています。医療以外でつまづいている患者は多いんです。話しているうちに、患者との間に信頼関係が生まれ、一緒に乗り越えていく。これが私の考えるfamily medicineの魅力ですね。

ーー研究やエビデンスが、その患者にとって必ずしも正しくないわけですね。

理想を”medicine”とすると、そこからは離れた場所にあるのかもしれません。時に研究やエビデンスとは異なることをすることはありますが、エビデンスを知らない訳ではなく、その患者に合わないから選択しないのです。Medicineの部分さえ対処すれば良くなるとは限りません。先生にしか分からないから相談したい、と頼ってもらえるように患者に一番近い位置にいることにfamily medicineの存在価値があるんだと思います。

感想

今回は、アメリカで長い間医師として、教育者として活躍している西連寺先生にお話を伺いました。IMGである彼女がアメリカで生き残り今のポジションに至っている理由、アメリカの医学教育システム、家庭医の魅力といった事を語っていただきました。

インタビュー中、個人的に特に印象に残ったことは、勤務時間の配分が非常に明確であることでした。古典的な日本では長時間病院に滞在していることが「美」でしたし、働き方改革でも勤務時間そのものを少なくすることが目標になってしまっており、勤務内容に目が向けられていないことも多々あると思います。しかし、会話の節々で、自分が給料をもらっている時間の何割を何に費やしている、ということを彼女が意識していることがとても印象的でした。アメリカが得意とする「生産性」を表す良い例だと感じました。

私が初期研修を行った頃は、病棟に隣接した寮があり、研修医達は大したプライベートもなくそこで一緒に生活していました。そんな「同じ釜の飯を食った」同期がこんなに輝き活躍しているのは、とても誇らしいことです。これからも更なる活躍を楽しみにしています。

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