小児、特に先天性心疾患患者に対する輸血について、押さえておいた方が良い主な研究を紹介したいと思います。その上で、臨床現場に立っている一臨床医としての意見を加え、最後に現時点での輸血のストラテジーについて述べたいと思います。
はじめに
赤血球は、以下の式で表されるように、酸素の運搬にとても重要な役割を果たします。
DO2 = Q * CaO2
CaO2 = {(Hb * SaO2 * 1.39) + (PaO2 * 0.0031)}
特にチアノーゼ心疾患(SaO2低下)や心機能が低下した患者(Q低下)では、ヘモグロビンを保つことが大切と考えられてきました。
一方、赤血球輸血には、副作用も存在します。最近は少なくなった感染症の問題だけでなく、hyperviscosityによる微小血管のDO2低下や冠血流障害1)やTACO (transfusion-related circulatory overload (TACO)といった非感染性の副作用、そして溶血、アレルギー反応、TRIM (transfusion-related immunomodulation)、TRALI (transfusion-related acute lung injury)2)、transfusion-associated GVHD、RBCやHLAへの同種免疫といった免疫介在性の副作用が存在します3)。すなわち、心機能低下患者では輸血によって酸素供給が低下し、これらの副作用が予後を大きく変えてしまう可能性もあります。
では、小児における心疾患患者に対する輸血は、どのようなカットオフを用いて考えればよいのでしょうか。
研究紹介
Jacroix J et al. Transfusion strategies for patients in pediatric intensive care unit. N Eng J Med. 2007.
要点
- ランダム化比較試験、生後3日〜14歳、PICU入室後7日以内にHb 9.5以下となった患者(TRIPICU study)。
- 輸血の閾値として、restrictive群 (Hb <7.0 g/dL, n=320)とliberal群 (Hb <9.5 g/dL, n=317)に振り分け。
- 多臓器不全発生、PICU滞在日数、28日死亡率に有意差なし。
注意点
- 血行動態が不安定な患者は除外されている。
- PICU入室後7日以内にHb 9.5以下となれば対象となるため、入室後や術後後期の、比較的落ち着いた患者も多く含まれる可能性。
- 実際、ランダム化初日の輸液バランスがliberal群の方が多く、症状やvolume statusに基づいておらず、Hbが単に低いから輸血されているのではないか。
Willems A et al. Comparison of two red-cell transfusion strategies after pediatric cardiac surgery: a subgroup analysis. Crit Care Med. 2010.
要点
- ランダム化比較試験であるTRIPICUのサブグループ解析:心臓外科術後の125名を対象。
- 輸血の閾値として、restrictive群 (Hb <70 g/L, n=63, mean age 31.4 mo)とliberal群 (Hb <95 g/L, n=62, mean age 26.4 mo)に振り分け。
- 多臓器不全発生、PICU滞在日数、28日死亡率に有意差なし。
注意点
- 生後28日以内の手術患者やチアノーゼ疾患患者は除外。また、PICU入室後7日までinclusion可能であり、術後後期の比較的安定した患者が多い可能性があり、心機能に関する詳細データがない。
- ヘモグロビン値という数字だけを輸血の指標にしており、個々の症状や酸素需要供給バランスを考慮していない。
- RACHS-1のカテゴリー5, 6の患者が一人もおらず、重症患者が少ない。
Gupta P et al. Association of hematocrit and red blood cell transfusion with outcomes in infants undergoing Norwood operation. Pediatr Cardiol. 2015.
要点
- 後ろ向き研究、生後2ヶ月以内のNorwood術後(mBTS or Sano)患者、n=89。
- 輸血量を10 & 90 percentileによって3群に分けて、アウトカムとの関連を評価。
- 多変量解析で調整後、ヘマトクリット値や輸血は、死亡、ICU滞在日数、人工呼吸期間、胸骨閉鎖までの日数といったアウトカムと関連なし。
注意点
- 単変量解析でp<0.1の変数を全て入れた単純なモデル作りで、貧血や輸血がアウトカムに与える影響を調べた研究とは言い難い。
- 輸血やヘマトクリット値を連続変数として扱っており、異常高値と異常低値の両者とアウトカムとの関連を見つけにくい。
- サンプルサイズが小さいかつアウトカム発生率が少ない一方、しっかりとした仮説に基づかずヘマトクリット測定日や輸血日によって変数を細かく分け、更に他の変数をモデルに含めているため、それぞれのモデルがunstable。また、それぞれ全てのアウトカムに対して以上のモデルを作成しており、偽陽性が非常に出やすい解析方法。
Kuo JA et al. Red blood cell transfusion for infants with single ventricle physiology. Pediatr Cardiol. 2011.
要点
- 後ろ向き研究、1歳未満の単心室循環患者、n=59。
- ヘモグロビン値によってgroup A (Hb 7.8 – 12.3 g/dl), group B (Hb 12.4 – 13.2 g/dl), group C (Hb 13.3 – 15.7 g/dl)に分け、輸血によって血行動態の変動を観察。
- Group A, Bでは輸血によって拡張期血圧、動脈血酸素飽和度、cNIRSの有意な改善がみられたが、group Cでは動脈血酸素飽和度の上昇のみであった。
注意点
- 同じ患者の輸血の前後を比較した研究であって、counterfactualを用いてその患者を輸血した方が良いのかを調べた研究ではない。
- Hbが低い患者の血行動態は改善するかもしれないが、予後の改善は不明。同様に、Hbが高い患者であっても輸血によって予後が改善しないとは言えない。
- 14人(23.7%)もの患者が、輸血の48時間以内に何らかの副作用が発生している。
Blackwood J et al. Association of hemoglobin and transfusion with outcome after operations for hypoplastic left heart. Ann Thorac Surg. 2010.
要点
- 前向きコホート研究、HLHSに対するNowood術後、n=94
- 術後2〜5日間の最低ヘモグロビン値が術後30日以内の早期死亡率と関連(Odds比 2.09, 95%CI 1.14 – 3.87, p = 0.018)
- ヘモグロビン値や輸血は、2年生存率や神経系の発達と関連なし
注意点
- アウトカムに対し、多変量解析ではp <0.10となる全ての変数を入れたモデル作りであり、因果推論とは言い難い。
- また、早期死亡に術後5日以内が含まれている可能性もあり、これも因果推論としては不適切。
- 「術後2〜5日間の最低ヘモグロビン値」を連続変数としてモデルに組み込んでいるが、ヘモグロビンが高値であっても低値であっても予後不良(U-shaped)である可能性は否定できない。
Cholette JM et al. Outcomes using a conservative vs. liberal red blood cell transfusion strategy in infants requiring cardiac surgery. Ann Thorac Surg. 2017.
要点
- ランダム化比較試験、10kg未満の乳児、二心室修復と姑息術術後患者。
- 輸血strategyとして、conservative群 (二心室修復, n=53:Hb <7.0 g/dL、姑息術, n=29:Hb <9.0 g/dLかつ臨床症状)とliberal群 (臨床症状に関わらず、二心室修復, n=52:Hb <9.5 g/dL、姑息術, n=28:Hb <12 g/dL)に振り分け。
- 両群で乳酸値、動静脈酸素較差、死亡やICU滞在日数などの臨床アウトカムに有意差なし。
注意点
- Power calculationの記載がなく、どのようにサンプルサイズを決定したのか不明。有意差がないのはサンプル不足の可能性。
- 当然、二心室修復と姑息術で分けて解析したら、検出力不足は更に顕著。
- Conservative strategyのプロトコール遵守率は、二心室修復で100%だが、姑息術では79.3% (23/29)。
Cholette JM et al. Children with single ventricle physiology do not benefit from higher hemoglobin levels following cavopulmonary connection. Pediatr Crit Care Med. 2011.
要点
- ランダム化比較試験、n=60、単心室循環に対するGlennまたは Fontan術後患者
- Restrictive (Hb <9.0 g/dLかつ貧血症状があれば輸血) vs. liberal (Hb <13.0 g/dL, 症状に関わらず輸血)を、PICU入室時より48時間継続。
- 平均・最大乳酸値(primary outcome)に有意差なし。
注意点
- 平均血圧やSvO2、rSO2はliberal群で優位に高値。
- 一方、肺血管抵抗が循環に著名に影響するGlenn/Fontan術後において、高ヘモグロビン値や輸血によって心配される肺血管抵抗上昇、酸素化低下といった所見もなし。
- Liberal群では、Hb <13.0 g/dLで症状に関わらず輸血されており、かなり”liberal”なストラテジー。
de Gast-Bakker DH et al. Safety and effects of two red blood cell transfusion strategies in pediatric cardiac surgery patients. Intensive Care Med. 2013.
要点
- ランダム化比較試験、生後6週〜6歳(平均8.4 mo)、n=107、SpO2 >95%の非チアノーゼ性心疾患。
- Restrictive (Hb <8.0 g/dL) vs. liberal (Hb <10.8 g/dL)を、麻酔導入時から退院するまで継続。
- Restrictive群で病院滞在日数が有意に短い [8 (IQR 7-11)日 vs 9 (IQR 7-14)日、p=0.047]。
注意点
- RACHS-1のカテゴリー4, 5, 6の患者が一人もおらず、重症患者が少ない。
- 両群ともに、輸血に際して貧血症状や組織酸素不良といった臨床所見を考慮していない。
- Restrictive群であってもPICU退室時の平均Hbが10.2g/dlと高く、そこまでrestrictiveではない。
感想とまとめ
この分野でのRCTは少なく、後ろ向き研究の質も低いですね。そもそも解剖や循環動態が多岐にわたる小児心臓領域において輸血の閾値を一律に決めることは難しいと思います。ただし、以前考えられていたほど、先天性心疾患患者において輸血は必須ではない、ということは言っても良いでしょう。
以上の研究結果(evidence)に加え、麻酔科医としての個人的な経験(experience)を加味した場合、現時点では
血行動態や解剖、酸素需要供給バランス、体肺循環のバランス、症状といったものを、輸血の判断材料としては最優先する。
その上で、
- 通常の小児:Hb 7 g/dl
- 姑息術:新生児なら12 g/dl、その後は8〜10 g/dl
- 根治術:新生児なら10 g/dl、その後は7〜8 g/dl
をある程度の目安とする。
といったところが妥当ではないでしょうか。
Other references
- Sabatine et al. Circulation. 2005 Apr 26;111(16):2042-9.
- Tuinman et al. Crit Care. 2011;15(1):R59.
- Pont-Thibodeau et al. Ann Intensive Care. 20014 Jun 2;4:16.
コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 先天性心疾患の輸血のように、個々の病態によって目標値がそこまで変わるとは考えにくいため、これまでの研究の流れを汲み取り、心臓血管外科術後とそれ以外のPICU患者として判断すれば良いのではないかと思います。 […]