効果
一酸化窒素(nitric oxide: NO)は、内皮で産生される内因性の血管拡張作用を持つ物質である。吸入で投与された外因性性の一酸化窒素(inhaled nitric oxide: iNO)は、肺血管系を拡張させるが、活性化型では体循環へ入らないため、純粋な肺血管拡張作用をもつことになる。iNOは局所の換気に比例し血流を増加させることになるため、換気血流比を改善させる。
iNOの効果は、低い濃度でも効果があると言われている。肺動脈拡張作用に関しては、0.06-0.1ppm程度で、酸素化の改善作用に関しては0.01ppm程度でも効果があるとされている1)。一般的には10-20ppmで開始し、30 (-40)ppmまで増量することもある。酸素化や肺高血圧、右心不全の改善に伴い減量する際は、5ppmまでは比較的素早く減量できるが、その後は1ppmずつ減量する。少量(1-2ppm)から中止にかけてリバウンドによる肺高血圧を呈することがあり、場合によってはsildenafilの内服を考慮する2)。
濃度と必要流量の計算
NOが酸素と結合すると、NOの5-25倍毒性があり肺血管拡張作用はない二酸化窒素(nitrogen dioxide: NO2)となるため、混合ガスに酸素を含んではならない1)。多くの場合、窒素がキャリアとして使用されている(nitric oxide mixture)。この混合ガスにおけるNOの濃度が低すぎると、投与時の酸素濃度の低下や使用量増加によるコストの増加といった問題がある1)。一方、混合ガスのNO濃度が高いと窒素に分解され他の窒素酸素物が生成されやすくなる1)。文献上はこれまで75-10000ppmといった混合ガスが研究されているようである。例えば、日本の住友精化株式会社のNO混合ボンベは800ppmである。イギリスで医療使用されているもの殆どは1000ppmである1)。
NOの投与流量(Vmix)は、以下の式で計算できる。
Vmix = V / {(FmixNO / FiNO) – 1}
– Vmix: NOの投与流量 (ml/min)
– V:NOが加えられるガスの流量(麻酔器の場合は新鮮ガス流量、小児の人工呼吸器の場合は呼吸回路内のガス流量、成人の人工呼吸器の場合は分時換気量)(ml/min)
– FmixNO:(NOと窒素の)混合ガス内のNO濃度 (ppm)
– FiNO:目標とするiNO濃度 (ppm)
上記のように、V(NOが加えられるガス流量)は、使用する機械によって異なる。麻酔器では、新鮮ガス流量が常に呼吸回路に流れている。したがって麻酔器の流出口にNOを接続した場合、Vには新鮮ガス流量を用いる。例えば、麻酔器の総流量(V)が 4L/min、ボンベのNO濃度(FmixNO)が800ppm、目標とするiNOの濃度(FiNO)が10ppmとすると、4000/{800/10)-1}=50.6ml/minのNOボンベガスを流せば良いことになる。ちなみに、一酸化窒素管理システムをもつアイノフロー®︎では、目標NO濃度(FiNO)を設定することで、ガスや流量のサンプリングにより自動的にNO投与流量(Vmix)を決定してくれる。
集中治療室で用いるような新生児や乳児の人工呼吸器回路では、回路のチューブ径は小さくガス流量は大きいことから、回路内のガスが通過する時間は非常に短い1)。吸気ガスは定常流となり、iNOの濃度は患者の分時換気量に依存せず安定する。
成人の人工呼吸器の回路内ガス流量は周期的に変化し、ガスが回路を通過する時間は小児に比べると長い。呼気時にNOが呼吸回路に蓄積し、次の吸気時に急速に体内に入る可能性があり、一回換気量や呼吸回数の変化はNOの投与先であるガスの容量を変化させうる。しかし、肺へ到達するNO濃度の平均は分時換気量を用いた上記の計算式から計算可能である1)。
投与方法
NOを呼吸回路のできるだけ患者側に接続することで、NOのNO2への酸化を最小限にすることができる。また、NOの水への溶解は回路内の通過を遅らせ酸化を増加させる危険があるため、NOは(集中治療室で用いる場合は)加湿器の後ろに接続する。
モニタリング
NOの濃度は、上述のようにNOの混合ガス濃度、接続部位、呼吸器や呼吸器設定などに影響を受けるため、投与中はNO濃度をモニタリングする必要がある。また、生成されうる有害物質であるNO2の濃度をモニタリングする必要がある。
NOが酸化ヘモグロビンと反応するとメトヘモグロビンとなる。メトヘモグロビンはNADHメトヘモグロビン還元酵素の働きを主としてヘモグロビンへ戻るため、メトヘモグロビン濃度はその産生とクリアランスのバランスに依存する。除去の半減期は39-91分である3)が、この還元酵素の活性は年齢に依存し、3ヶ月未満では未熟である4)。メトヘモグロビンの正常値は1%未満であるが、iNOの使用中は5%未満なら許容する1)。ただし、40ppmまでのiNOはメトヘモグロビン還元酵素欠損のない患者において臨床的にmetHb血症を引き起こすことは稀である5)。ちなみに、溶血でも遊離ヘモグロビンがメトヘモグロビンに変化するが、メトヘモグロビン還元酵素は赤血球のみに作用するためヘモグロビンに戻ることはない1)。
References
- Young JD, et al. Intensive Care Med. 1996 Jan;22(1):77-86. PMID: 8857443.
- Namachivayam P, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2006 Nov 1;174(9):1042-7. PMID: 16917115.
- Young JD, et al. Intensive Care Med. 1994 Nov;20(8):581-4. PMID: 7706572.
- Nilsson A, et al. Br J Anaesth. 1990 Jan;64(1):72-6. PMID: 2302379.
- Griffiths MJ, et al. N Engl J Med. 2005 Dec 22;353(25):2683-95. PMID: 16371634.
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