医局に属すということ

先日、あるベテラン医師から「医局とは何なのでしょう?」「入局するとは何を意味しますか?」と質問された。若手に質問されてどう答えていいか迷ったらしい。私の中では答えがあるが、若手の間では「入局すると縛られる」といった漠然としたイメージが先行し、その実態については意外に知られていないと思う。そこで今回は、医局の定義と、医局に属すことのメリットについて考えたいと思う。

目次

医局の定義

医局とは何だろうか。一言で言い表すならば「人事権があること」だと思う。医局は医局員と呼ばれる医師によって構成される組織であるが、医局員の人事権は医局が握っており、医局によって勤務先が決められ、その異動時期や異動先もまた、医局によって決定される。医局は日本特有であり、日本の医療を担ってきた複雑なシステムであるが、その中でも「人事権をもつ」というのが最も単純明快な医局の定義だと思う。

通常、医局員を取りまとめる医局は大学に存在するが、医局員は大学病院だけに限らず市中病院でも勤務する。医局員が勤務する市中病院を医局の「関連病院」と呼び、医局員は医局の命を受け、医局人事により、大学病院や関連病院で勤務することになる。

ちなみに、医局と似て非なる概念に「同門」という用語がある。ある大学病院(または関連病院)で一度でも働いたことがあり、その大学病院で職歴のある医師で構成される団体を「同門会」と呼び、その構成員を「同門会員」と呼ぶが、「同門会」と「医局」、「同門会員」と「医局員」は明確に異なる。同門には大学病院で働いたことのあるOB/OG的な医師も含まれるが、そこに人事権は存在しない。世界中どこで働いていても、定年を迎えた後であっても、「同じ釜の飯を食べた」仲間は同門であり続けるが、勤務先の変更等の人事権は一切発動されない。そのため、医師が複数の同門会に在籍することも可能である。

一方、医局は医局員の人事権を持つため、世界中どこで働いていようとそれは医局の命を受けた、または医局から許可をもらってのことである。また、同門会と異なり、医師が複数の医局に属することもない。なぜなら、同一医師の人事権が複数箇所に存在すると、医局間で相反する可能性があるからだ。

医局に属すメリット

職場をみつけてくれる

昨今の医師の就職に関する環境は大きく変化している。「医師は売り手市場」「医師であれば生活が安泰」といった時代は終わりつつある。インフレや物価高に医師の給料は追従せず、美容やフリーランスといった方法でお金を稼ぐ医師も散見される。一方で、病院経営もまた危機的状況であり、医師に十分な給料を払えず、医師のリストラも時間の問題である。実際、通常の勤務医の数倍の給料を貰っていた医師は、昨今の経営状況から給与体系の見直しを迫られ、支出に見合わない収入を許容できず、給料の維持のために遠く離れた離島や田舎の病院まで飛行機で通ってまで働いている医師もいる。

問題はお金だけでない。そもそも現在のような医師数は今後必要ない。人口の減少に伴い患者数は減少していく。小児病院をはじめ、小児の患者数減少はすでに顕著であり、それはつまり将来的な患者数の減少を意味する。一方、人工知能は驚くほどのスピードで進化し、すでに多くの医師の業務内容を肩代わりしている。医師の働き口は減ってくるのだ。

今後は生き残りをかけた競争が繰り広げられるわけだが、努力した賢い医師が生き残るのかというと、実はそう簡単な話ではない。「賢い」の定義にもよるが、単に論文やガイドラインを詰め込み知識のある医師は、人工知能の下位互換であり、生きる道は閉ざされていく。スキルのある医師が生き残るのかというと、それだけでは足りない。ゴッドハンドを持つような外科医は別であるが、普通のトレーニングを積んでいれば最低限のスキルは身に付く。つまり、生き残りをかけた医師のサバイバルは、個々の能力だけの問題ではない。

医師の求人が減った時、まず人員整理の対象となるのがフリーランスと(医局に属さない)非常勤医師である。当然のことであるが、常勤よりも非常勤の方が、契約の非更新等でリストラしやすい。また、一般的にフリーランスや非常勤医師の給料は高い割に、個人の都合でいつ辞めるかわからないため、雇用主からするとリスクが高く、真っ先にリストラの対象となる。

医師の働き口が減り、常勤枠が減ってくると、常勤の中から採用・不採用を選ばなければならなくなる。医局員とそうでない常勤が混在している病院があるが、同じ常勤であっても、医局員と非医局員のどちらを先に切るのだろうか。確かに非医局員を積極的に切ると言い切ることはできない。非医局員であっても素晴らしい医師はいる。ただ、医局員を切ることはない。なぜなら、病院の都合で医局員を辞めさせるということは、医局を敵に回すことと同義だからだ。医局を敵に回してしまえば、当然その病院に医局からの派遣される医師はいなくなる。病院が自前で医師を探さねばならず、その労力はもちろんのこと、医師としてのレベルも不確かで、かつ医局からの派遣医師よりも遥かに多い給料を提示しなければ集まらない可能性もある。医局員を雇っている方が、労力的にも金銭的にもメリットが大きい。医師が過剰供給になればなるほど、医局員以外の働き場所は減っていく。安定した就職先を得るためには、医局に属した方が遥かにメリットが大きい

常勤であれば、労働者の権利を病院が守ってくれると思うかもしれない。しかし、その病院が潰れてしまってはどうしようもない。必要性が謳われている病院の集約化だけでなく、昨今の病院経営の悪化により、今後は病院の淘汰が進んでいく。たとえ常勤であったとしても、その病院がなくなってしまえばどうしようもない。一方、大学医局が潰れることは考えにくい。医学生を教育し、医師を輩出し、日本の医療を支える大学が潰れることはないし、例えば危機に瀕した国公立大学は政府や地方自治が補助するであろう。潰れることがあったとしても、それは順番としては最後である。

就職先に苦労するのは、若手だけでない。定年を迎えた医師もまた、再雇用の壁にぶち当たる。家のローンや子供の学費等、昔よりも稼がなければならない期間は延長し、定年後も働かざるを得ない医師は多い。医師免許そのものには定年はないが、勤務医であれば病院の内規により定年は存在する。定年後も働くためには、再雇用してもらう必要がある。しかし、今後は医師の需要と比較し供給過多となるが、定年を迎えた医師が、若手と張り合うことは容易ではない。確かに知識と経験はあっても、体力は衰え当直業務も若手と同じようにはいかない。病院としては、定年後の再雇用よりも、給料が多少高くても将来のある若者に投資したいと思うのは当然である。実力社会とは聞こえが良く、年功序列というと悪の代名詞のように聞こえるが、人間は皆、老いる。定年を迎えた医師が家族を養い生きるためには働かざるを得ないのであるが、その職場を斡旋してくれるのもまた、医局である。医局は人間が構成する組織であり、義理と人情が存在する。医局は功労者の面倒を見るの、医局員は再就職先にも困らない

今も昔も「自由である」ことは「自分を売り込む力がある」ことが必須であるが、魅力的な医師、雇いたいと思われるような医師であり続けることは、そう容易なことではない。以前よりも仕事一筋で生きる人は減り「普通に暮らせれば良い」という医師は増えたが、そのような医師こそ医局に属していなければ生きていけない。長い目で見ると、個人が組織に勝つことは殆どない。この点においても、「自由」と「安定」は両立しないことを理解しておく必要がある。

代わりがいる

社会人になると、様々な理由で休むことがある。自身の療養のため、家族の介護のための休職だけでなく、産休や育休など、社会人は様々な理由で休職が必要となる。自身や家族の留学で休職や退職する医師もいる。しかし、社会人として責任ある仕事をしている以上、仕事を休む、辞めることは誰かがその仕事をカバーすることを意味する。医局に属していようと、属していまいと、その事実には変わりない。代わりがいないことの重圧は大きく、休職・退職時には時に精神的なストレスが伴う。

その点、医局員には代わりがいる。大学病院では勤務する医師の多いため、個々の休職による職場への影響は小さく、休職に伴うストレスは小さい。また、市中病院であっても、医局員が休職した場合、医局はその埋め合わせをする義務を負う。つまり、医局員の休職期間中、要請があれば医局は医師を派遣しなければならない医局は関連病院を含む医局全体の人事の責任を負っているため、休職する側は休職中の職場への影響を考えずに済む。

代わりがいることの安心感は想像以上に大きい。結婚や出産等のライフステージの変化により仕事場以外で自分が必要とされる機会は増えていく。いわゆる「自分一人の身体」ではなくなった人にとっては、せめて仕事において代わりがいることは非常に大きな意味を持つ。その点、医局に属する意義は大きい。

相談先がある

仕事をしていると、様々な悩みに直面するし、希望も抱く。例えば人間関係は、気持ち良く働く上で最も重要な因子の一つであるが、仕事場にパワハラ上司や反りの合わない同僚がいると、その他がどんなに魅力的な病院であっても仕事が辛くなる。より経験を積みたい若者にとっては同じ病院に何年も勤務していると次のステップを踏みたくなる。国内・国外留学や、研究に目を向けたいと思うかもしれない。夫婦間の問題や子供の事情で、勤務場所や条件を変更したいと思うこともあるだろう。

医局を介さず病院に就職した人は、このような仕事に関連した悩みはその病院の上司や同僚に相談することになるが、彼ら彼女らは時に問題の当事者であり、利益が相反し、解決にならないかもしれない。症例を積みたい、留学したい、研究したいといっても、勤務先の病院や上司が叶えられるとは限らない。家庭の事情で勤務条件の変更を申し出たとしても、相談に乗ってくれるかどうか不明である。

一方、医局員であれば、勤務先の外に相談相手が存在する。医局には医局を統括する「医局長」が存在し、自分一人で悩むよりも遥かに多くの解決策が提示される。パワハラ上司は医局からお咎めを喰らうし、人事異動で転勤させられる。希望があれば、自身の勤務先を変更することも容易である。また、医局は医局員の家庭の悩みさえも関与する。医局が医局員のプライバシーに首を突っ込むという意味ではなく、医局が医局員から家庭の悩みを相談されるのである。実際、医局長は、何十人、何百人という医局員の家庭の悩みや希望について驚くほど相談されているし、それに対し精一杯対応する。個人とは比較にならない力を持つ医局は、医局員の多くの悩みを解決し、希望を叶えてくれる。

勤務条件

病院に雇用された際には規定により労働条件が決められているが、医局員であれば「特例」が認められることがある。例えば、常勤としての決められた勤務日数や時間が足りなくても、医局員であれば何らかの理由をつけて常勤として採用されることがある。前述のように医師の派遣を医局に頼っている病院は、医局に引き上げられると自前で医師を募集し採用しなくてはならないため、医局の頼みであれば融通を効かせることがある。

歳を重ね、家庭を持つと仕事と家庭の重きを置く割合が変化する。体調不良などでフルに働けなくなる医師もいるだろう。しかし、病院としては仕事をしてくれた方が良い。週3非常勤で当直しない医師よりも、週5常勤で当直する医師の方がありがたい。しかし、医局は医師の雇用主ではなく、面倒を見る組織であり、医師を仕事する機械ではなく人として扱う。生活のある医師としてサポートする医局は、個々のニーズに見合った仕事場を斡旋する努力をする。無理のない程度での勤務条件を模索し、適切な勤務先を探し、復帰へのリハビリも手伝ってくれる。医局員であれば医局が手厚くサポートする。仕事のウェイトが下がった医師にとって、医局は強い味方となる。

一方、医局員でないとこのような特例はない。病院側としては、勤務条件を個別交渉する医師と契約するメリットは薄い。人手不足で足下を見られて契約せざるを得ない状況があったとしても、医師が充足した段階で真っ先に解雇される。医局という後ろ盾の有無は、個々の医師の勤務条件にも影響を及ぼす。

入局とタイミング

上記のような恩恵は、医局員でなければ享受することができない。つまり、人事権を発動できない医師に対し、医局が休職のサポートを行い、代替医師を派遣し、プライベートを考慮した仕事の相談にのり、就職先を斡旋することはできない。人事を拒否し続けている医師は医局員の定義からはずれ、サポートは受けられない。逆に、医局に属して人事権を預けるということは、上記のような恩恵を受けることを意味する。

では、医局に属するタイミングはいつでもいいのか。答えはNoである。医局に入局できるタイミングは決まっているのだ。レジデントや後期研修医、専攻医といった立場では入局しやすいが、それ以降になると徐々にハードルが上がってくる。つまり、教えられる立場では入局しやすいが、教える立場、指導する立場では、医局の中にポジション、すなわち「枠」がない。若く優秀な人の市場価値は高いが、年齢を重ねると市場価値が下がるだけでなく、優秀であることの魅力は意外と小さい。そして、いい歳まで「自由」に生きた人は、入局したところで医局という組織の価値観と合わないことが多く、医局からは敬遠される。つまり、タイミングを逸すると医局には入局できないのである。

また、仮に入局できたとしても、同じ医局員であるならば、長い期間医局で過ごした医師の方がメリットを享受しやすい。医局は義理と人情の世界であるため、これまで医局人事に従ってくれた医師の方が恩恵を受けやすい。医局との信頼関係の構築のためには入局は早ければ早い方が良い。

さいごに

本記事は、医局に入ることを推奨するものではない。ただ、どのような決定に関しても、メリットとデメリットがあるように、入局に関しても同様であり、トレードオフが存在する。選択には情報が必要である。昨今の医師を取り巻く環境の変化とこれからの未来を生きなければならない医師にとって、この記事が医局に対する理解を深める一助となれば幸いである。

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