PhDの使い道

以前、「MPHの使い道」と題した記事を書いたことがあります。かなりの反響だったのですが、今回はその兄弟記事として「PhDの使い道」と題した記事を書いてみたいと思います。ただし、今回は日本のPhDに焦点を当てます。当たり前の話から、ちょっと変わった視点まで、いろいろな角度から考えてみたいと思います。

では早速始めましょう。医師がPhDを取得することで、将来どのような役に立つのでしょうか。そのメリットから見てみましょう。

目次

視野が広がる

当然ですが、PhDを取得するためには研究を行い論文を執筆しなければなりません。医師が目指すPhDの研究は主に基礎研究と臨床研究に分けられますが、いずれにせよ研究ですので、物事を客観的に観察し、数字や統計学を用いてその検証を行うことが求められます。

もちろん、基礎研究は遺伝やバイオマーカーや動物実験などを通した「基礎医学」により「生物学的」な解明を追い求めますし、臨床研究は実際の患者の予後といった「臨床的な」改善を期待しますので、両者に相違点はあります。しかし、どちらも物事を客観的に捉える、といった点では共通しています。

臨床医として働いていると、患者の経過が期待通りのこともあれば、思ったようにいかないこともあります。医師も人間ですので、上手くいった理由やいかなかった理由を、意識的に、または無意識に考えています。しかし、それは医師一人の「経験」「推測」に過ぎません。正しいこともありますが、ただの思い過ごしということだって大いにあり得ます。

このような場面に遭遇した際、研究についての方法論を学び、ある程度の質の研究を行い、第三の評価機関から審査・認可されて初めて授与されるPhDを取得している人物は、臨床現場の問題点をある程度客観的にみることができるようになります。また、研究の実際に行ったことがあるため、研究を批評的に読むこともでき、近年の莫大な数の研究に振り回されにくくなります。

経験則のみに基づいた独りよがりの臨床にならないためにも、PhDというのは臨床医としての「幅」を一回り大きくしてくれます。

ポジションを得やすい

意外かもしれませんが、日本にはまだまだPhDがないと各科のトップ(部長)になれない(なりにくい)組織が多くあります。応募資格として明記されていなくても「持っていれば望ましい」的な暗黙の了解がある市中病院は結構ありますし、PhDがなければ(トップどころか)スタッフにさえなれない大学病院もあります。

私がこれまで働いた病院でも、PhDのない医師が部長になろうとした際、病院本部の組織団体や他科からの反対に遭っていました。

「そんな古い!」「要は実力でしょ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは日本に限ったことではありません。カナダでもMD以外の学位がなければある程度のポジションになれないということで毎年多くの学生がMPHを取りにハーバード公衆衛生大学院に来ていましたし、オーストラリアでも上のポジションを狙っている人はPhDを取得して(またはしようとして)いました。

良いのか悪いのかわかりませんが、日本は様々な面で海外を見習おうとしています。医療の先端を走るそれらの国々がMD以外の学位を重要視し、同じ医師でも差別化を狙っている現時点で、日本だけ逆走する可能性はあまり高くないと思います。

採用時の信頼up

『PhDを持っているかどうかは、人間性を見る上で採用時の参考になる。なぜなら、少なくともある一定期間、難しい人間関係や望まない環境でも我慢しやってこれた人にのみに与えられる資格だからだ。』

これは、昔の私の上司の言葉です。私は大学病院にも市中病院にも、医局に属した時期も属していなかった時期もありますが、これはかなり的を得た視点だと思っています。

医師の中には、自分勝手な人や変な人もいます。アメリカやオーストラリア(※一部の医学校は日本と同様)と違って日本では高校卒業後に直接医学部に入学できますので、医学以外の教養は不足しがちになります。コネが大事なそれらの国々では、医学部入学前も入学後も、医師になった後も、常に周囲との人間関係が非常に大切になりますが、日本では基本的に「医学」さえ出来れば問題ありません「医師免許取得=就職できる」という、米国では有り得ない等式が成り立つ日本では、時に我儘で風変わりな医師が生まれても不思議ではありません。

一方、大学病院には多くの医療・非医療従事者が属し、一つの病院内に驚くほど多くの組織やヒエラルキー、権力が存在します。臨床業務や医学以外に気をつかわなければならない場面と日々遭遇しますし、理不尽なことだって当然あります。辞めてもどこかで働けるのが日本の医師ですので、このような一般企業では当然の理不尽さに我慢できず、早々に飛び出してしまう人もいるでしょう。

そんな中、PhDというのは日本の大学院に(3〜)4年は所属していなければなりませんし、大学病院の医局と大学院には深い繋がりがあるため、医局に属さず大学院のみに通いPhDを取得するといったケースは一般的ではありません。すなわち、日本のPhDを取得している医師は、大きく複雑な組織の中で最低限の人間関係を保ち、時に自分よりも他者を優先し、理不尽な環境でも数年は生き抜くことができる人間であることを示しています。

海外のPhD

ちなみに、海外のPhDと日本のPhDを同じように考えてはいけません。古典的には、日本の医師はPhDも取得することがごく当然のレール(道)であり、PhD期間中は研究に従事するものの、臨床片手間の人も多いですし、将来は研究をやめて臨床中心に戻る人が殆どでした。

一方、例えばアメリカのPhDは、基本的に研究職を選んだ人が取得する学位です。そして、学位取得にかかる労力も半端ではなく、臨床片手間でとるような学位ではありません。(Masterではなく)PhDのプログラムに進むということは、その人は臨床よりも研究を「選んだ」ということを意味します。Masterと違って在学中に給料がでますし、彼らの実力もプライドも超一流です。

以上のような理由から、日本と海外のPhDの違いを理解している日本人医師の中には、海外学会の発表時にPhDという肩書きをわざわざ「外す」人も時折みられます。

留学に有利

上記に述べた通り、海外ではPhDの「格」はとても高く認識されています。研究という分野で勝ち抜き、かなりの時間と労力を費やした人のみが得られる学位ですので、持っているだけでかなり尊敬されます

また、記事「留学のデメリット」にも書いていますが、医師の留学は貧乏であることが多いです。しかし、PhDを持っていると給料がでることもありますので、そういった意味では留学にも有利に働くことでしょう。

対外活動に有利

医師としてだけではなく、医師が医系技官や製薬会社・コンサルなどに転職した場合にも、PhDは非常に大切です。これらの職種は臨床医と比較し対外的な活動が多く、様々なバックグラウンドを持つ人々と日々関わらなければなりません。その際、PhDがあるかどうかは初対面から一目置かれるか否かに直結する、非常に重要な肩書きとなります。これは、医師の世界だけでなく、博士号を持っているということ自体が努力と能力と証であるためです。実際、私の周囲でも、「医師を辞める前にPhDまで取っておけば良かった」、「PhDの威力を今更ながらに痛感している」と言う(臨床医を辞めた)知り合いが何人もいます。

もちろんデメリットも

臨床の時間が減る

PhDを得る過程で、これまでとは異なる視点を身につけられるかもしれません。しかし、PhDによって純粋な臨床能力がどこまで伸びるかは疑問です。特に、「腕」がモノを言う外科系においては、”年齢”と”症例数”は成長とって重要な因子です。若く大切な時期に研究に時間を費やすことが、臨床医としてどこまで重要かという疑問に対しては、”Not so much”と答える人もいるでしょう。

大学に所属しなければならない

前述のように、日本でPhDを取得するためには大学医局に所属することが殆どです。しかし、日本の大学病院や医局制度に断固反対する人たちが居るように、その組織や制度が「100%正しい」わけではありません。不条理なことだってありますし、組織が大きくなればなるほど小回りが利きにくく改革が起こりにくくなります。これまでの型にとらわれず、突き抜けたい人にとっては、様々なことを我慢し犠牲にしてまで取得したい学位ではないかもしれません。

金銭面

大学院には学費がかかります。国立大学であっても、年間50万円程度必要ですので、卒業までに200万円程度必要になります。

臨床は労働であり給料が発生しますが、大学院生の研究に給料は発生しません。日本の研究費は研究関連にしか使用することができない(※アメリカの研究費は桁違いですし、使い道もかなり自由です)ため、臨床時間の減った大学院生の給料は(バイトでもしない限りは)大きく下がります。大学院生ともなると家庭を持ち妻子を養わなくてはならない人もいますので、「学費+減給」というだけで、選択肢から外す人もいるでしょう。

まとめ

結局は、人それぞれ、ということになってしまいますよね。人によっては、「PhDなんて興味の欠片もないし、論外」という人もいるでしょう。

ただし、一言付け加えるのであれば、「時とともに人の考え方は変わる」ということは頭に入れておいて良いかもしれません。今は研究にも留学にもポジションにも興味がなくても、今後ずっとその考えのままでいられるかどうかわかりません。今は不要と思っていても、ゆくゆくは必要になる可能性は大いにありますし、物事には「タイミング」というのもあります。幸い(?)日本のPhDは海外のそれよりも少ない労力で取得できることが多いため、取れるなら取っておく、というのもアリなのかもしれませんね。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 日本のMD界隈では、PhDのことをよく「足裏についた米粒」と評されますね!取らないと気持ち悪いけど、取ってもおいしくない、と…

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