留学からの帰国と心構え

久々の投稿です。これまで留学前や留学中について色々と書いてきましたが、留学からの帰国にも様々な問題が待ち受け、悩む人は多いのではないでしょうか。そこで今回は、留学からの帰国を複数回経験し、最後の留学から1年が過ぎた私の思うこと、そしてこれから帰国する人に役立つかもしれないことを、書き記したいと思います。

目次

帰国してからが本番

海外の環境は恵まれている

海外は、とても活躍しやすい環境が揃っています。勿論、海外に行くにはそれなりのハードルがありますし、海外でポジションを獲得し、のし上がっていくことは容易なことではありません。しかし、世界的に留学生が集まる国々では、人が国境を越えて集まるだけの理由があり、その大きな理由の一つが環境です。

研究を例に挙げますと、まず研究費が桁違いです。そして、0の数が1,2個違うだけでなく、その使い道もフレキシブルです。例えば日本の科研費は当該研究関連のみで、その使い道もかなり厳しく規定されていますが、アメリカでは研究費を自分の給料にすることで「臨床の時間を減らせて(臨床医として働かなくても給料がもらえる)、研究日に当てられる」と豪語する人もいますし、私のアメリカ時代のボスは、一週間臨床医として働き、三週間研究をしていました。場合によっては億単位の研究費です(それをそこらへんの医師が獲得しています)ので、研究機材だけでなく、研究費を人件費にも割いて大きなチームを構成することも可能です。

研究チームも充実しています。臨床研究を例にしますと、発案、計画書、倫理委員会、データ収集、解析、執筆と仕事が細分化されていますので、医師、ポスドク、リサーチコーディネーター、学生、疫学者、統計学者がそれぞれの業務を流れ作業のように担当します。それぞれの専門家の英知が結集した研究論文は量と質共に高いものになりますし、それらの論文掲載費用は一本数十万円にも及ぶオープンアクセスであろうがラボが支払ってくれます。一人一人が数個のプロジェクトに関わるため、メンバーの業績も跳ね上がります

以上のことは、「日本とアメリカの臨床研究体制の違い」にまとめてますので、興味があればご覧ください。

臨床も同様です。日本と異なり病院が集約化されておりますので、専門性の高い疾患がそれぞれの施設に集まります。日本では一つの病院で年に1,2回しか経験できない症例も、毎週にように診れば回顧のために毎度時間と労力割く必要はありません。連続して経験することで知識とスキルが自然と身につき、感覚は研ぎ澄まされていきます

英語圏という国際的な競争を勝ち抜いた大手の電子カルテは使いやすく、コメディカルの専門性や数、質の高さは目を見張るものがあります。臨床医の知らず知らずの雑務は少なく、医師は医師の仕事に集中できます。また、驚くほど休みが多いので心と体に余裕を持って自己研鑽に励むことができます。

これらに関しても、「海外の電子カルテ」「海外医師の生活と環境」でまとめていますので、是非読んでみてください。

このように、(勿論全ての国や施設ではありませんが)海外は羨ましすぎる環境が揃っています。が、裏を返せば海外では活躍して当然という見方もできます。

日本の環境で成果をあげなければならない

帰国後、多くの人が留学中との環境の違いを目の当たりにします。そして、残念ながら環境という意味では欧米に後塵を拝していることの多い日本においては、必ずしも海外で活躍した人間が活躍できるとは限りません

たとえ研究留学であったとしても、帰国後多くの方は臨床医として働きます。研究指向の強い人は臨床業務の合間を縫って何とか研究を続けていきますが、そのような強い気持ちがなければ研究を辞めてしまう人もいます。研究の様々な過程をチームではなく一個人が全ての知識を持ってやり遂げることは至難ですし、そのようなチームメンバーを自ら探しチームを構成するのも一苦労です。たとえ研究費があったとしても使い道は限られており、関係ない研究の投稿費用も自費です。結果、留学時と同様の質の研究と論文数を確保することは、なかなか容易ではありません

臨床留学も例外ではありません。臨床医にとっての成果の一つは、自分が関わった患者の何らかのアウトカムです。しかし、n=1に統計学を適応するわけにもいかず、目の前の患者に対して100%の正解を導き出すのはほぼ不可能ですので、臨床現場では過去の研究と目の前の患者の特性に加え、臨床医はその場の環境や資源を考慮しベストと思う選択をするのみです。その点、留学で様々な知識と経験、技術を獲得した医師であったとしても、彼ら彼女らが培ってきたやり方と、日本のその現場における正解またはベストな方法は、同義になりません。また、留学経験者であれば、臨床業務に関する組織改革や周囲への還元が一つの命題ですが、これに関しても、正解のない臨床現場において説得力を持って現場の慣習を変え組織を変革することは並大抵なことではありません

上記のような背景から、留学経験者で帰国後も研究や論文を継続して執筆している人や、留学の経験を活かして現場を少しずつでも改善している人は、本当に素晴らしいと思います。

帰国後にどこまで結果を残せるのか、留学時と同様の質の研究と論文数を確保できるのか、留学時と同様の臨床レベルと教育、還元を施せるのか。留学者が帰国後にこそ正念場を迎えると言っても過言ではないと思います。

海外と日本で必要な能力は異なる

専門家任せのアメリカ

留学経験者であれば海外と日本との違いは幾つも感じると思いますが、その一つは日本で必要な能力は海外のそれとは異なることではないでしょうか。ここでは、特に臨床研究に関する能力について考えてみたいと思います。

私はアメリカで研究留学と大学院留学を経験しました。医師(MD)としてではなく研究者または学生として留学したわけですが、在米中は「MD自ら研究を全て行う必要はない」という思いを日増しに強く感じていました。私自身、疫学と統計学のMaster degree(修士)を持っていますが、masterとPhD(博士)では知識と実力に雲泥の差があります(記事「MPHの使い道」参照)。前述のようにアメリカではチームで臨床研究を行なっていましたし、それぞれチームメンバーの専門性は非常に高いものです。そのため、少なくとも臨床研究においては、MDはMDの役割(現場の問題点の発掘、研究の発案、結果の解釈と現場視点での議論)に集中するべきであり、その他は専門家に任せるべきと考えていました

医師の研究遂行能力が生きる日本

このような「MDはMDとしての能力を高めるべき」という考え方から、私は医師十数年目にして(研究者としてのキャリアを一時停止し)臨床医としてのスキルアップのためにオーストラリアに臨床留学をしました。しかし、オーストラリア留学とその後の帰国を経て感じることは、少なくとも今の日本ではMDが研究のスキルを持つことは大事であるということです。というのも、研究をチームで稼働させる米国ほどの環境がまだ構築できていない(場所によっては構築され始めたところだ)からです。

オーストラリアにせよ、日本にせよ、疫学や統計学の知識は大変役に立ちます。臨床留学であったはずのオーストラリアにおいても、外国人である私の存在価値を高めてくれた事の一つは紛れもなく研究の知識とスキルでした(master程度で重宝されたという意味では、個人的にはオーストラリアの研究環境はアメリカよりは日本に近いと感じています)。

閉鎖的な医療界もその一因です。日本の医療界は、なかなか外部の人間が入ってこれません。チームで研究しているアメリカと比べ、医療データを扱っている非医療関係者の数は、日米で大きく異なるのではないでしょうか。そして、昨今の医療データの資産価値がそれに拍車をかけています。医療データは資産価値の非常に高いものであることが認識されていますので、各病院はその保持に躍起になっていますし、企業はどうにかして医療データを格安で手に入れようとあの手この手を駆使しています。そんな状況において、医療データを用いて最も研究しやすい人間は、MD(を含めた医療関係者)であり、MDこそが研究遂行能力を持つべきとも言えます。

もちろん、30年後は日本も変わっているかもしれませんし、アメリカのように分担制が整備されているかもしれません。しかし、少なくとも今の日本では、MDが医療データのアクセス権(もはや特権でしょう)を持ち、倫理委員会さえ通せば簡単に研究を開始できます。研究としての「芽」が出始めたら研究費の獲得や企業との共同研究も可能になりますが、その「芽」を出すためのスタートアップは自分でやらなければならないことが多いです。大学であれば科研費がとれますし、大病院で偉くなれば企業が寄ってくるかもしませんが、そうなるためには年齢と実績が必要なのが日本です。そう言った意味では、MDが研究スキルを持っていることは、日本においては非常に重要な事であり、これは私が在米中に感じていたMDに必要なスキルとは異なります。

帰国後1年が勝負

海外で自慢されていないことこそ大切

留学経験者の最も大きな強みの一つは、日本の常識は海外の非常識であること、そして海外の常識を身を以て経験したことだと思っています。海外が日本から学ぶべきことがあるように、日本が海外から学ぶべきことは当然あります。そして、海外から日本が学ぶべきことは、海外で当然のように行われていることや、自慢されないような細かいことであることが多い、というのが私の経験です。

実は、外国人達が「すごいだろ」と自慢していることは、意外に大したことがありません。また、素晴らしいことであれば論文やメディアで取り上げられ、それが賞賛を受け注目されるため、グローバルな世の中ではその情報は簡単に手に入ります。すなわち、日本にいても十分学べるわけです。

しかし、海外の連中が自慢していないこと、当然のようにやっている小さなことこそが、非常に大切で学ぶべきことが多いと実感しています。医師の日々の業務内容だけでなく、看護師の業務、コメディカルの専門性と多様性、医師や学生の教育方法、ミーティングの時間や種類、フィードバックの仕方、スタッフの命令系統、勤務体系、院内での患者の流れ、病院スタッフのメンタルヘルスケアなどなど日々当然のように行われ、彼ら彼女らがわざわざ自慢してこない事こそ、長らく日本で働いた自分としては目から鱗であり、日本に取り入れたいことであることが多いように思います。

良くも悪くも順応

ここで問題となるのは、留学中に感銘を受け、ぜひ日本で導入したいと感じた海外の「小さな当然」を、帰国後は徐々に忘れてしまうということです。帰国し日本の現場を変えるんだ!との意気込みは、日々の業務に忙殺されることで薄れていき、「日本だからね」で片付けてしまうようになります。人間は慣れる生き物です。良くも悪くもこれが順応力。それがないと社会に適応できませんが、過度な順応は改革を妨げます。

留学中の方にアドバイスするのであれば、留学中に感じたことを、小さなことでも是非メモしておいてほしいということです。帰国後3ヶ月くらいから留学先と日本との違いを忘れ始め、1年もすればすっかり慣れてしまいます。

このブログ内にある留学に関する記事の多くは留学中に書いていますが、中には埋もれた原稿から引っ張り出して帰国後にアップしたものもあります。それらを公開するに際し文章を読み返していると、自分でも驚くほど当時のことを既に忘れていることがわかります。

留学経験の新鮮味は薄れていく

順応にかかる期間以外にも、帰国後できるだけ早く還元する必要がある理由があります。それは、日本だけでなく海外も進歩するからです。留学生が留学中に学んだことは、数年経てば過去の遺産です。数年後に還元したところで、何のメリットもありません。その頃にはより素晴らしい技術なりシステムなりを海外は導入していますので、その頃に留学経験のある人の方が重要です。留学経験の貴重さは、日を追うごとに色褪せてしまいます。

以上の点から、帰国者が周囲へ還元できるチャンス、そして、組織としても留学からの帰国者から学べるチャンスは、最初の1年が最も大きいと思っています。

「変えたい」より「変わりたい」

最後に、3回の留学と3回の帰国を経て、周囲に還元するために必要と感じたことを一つ。それは、自身のビジョンや変えたい想いだけでなく、組織の変わりたいという領域から変えていくべきだということです。

日本のシステムは、幾つもの歯車が信じられないような組み合わせで何とか回っていることがあり、一つを変えると全てが崩れる危険があります。物事を一面だけで捉えてはならず、正論は正しい選択ではない可能性があります。まずは、なぜそうなっているのか、なぜ変わろうとしないのかを理解する必要があります。

もし周囲が変わろうとしていないのであれば、それには何か理由があるかもしれません。一つネジを取ると全てが崩れる可能性があります。理想を追い求め、下手な反感を買ってその後の行動全てに悪影響を及ぼすのではなく、まずは組織が変わりたいと思っているところから変えること、貢献することが肝要なのでしょう。もちろん、そのような場合でも、いずれは変えなければならないこともあるはずです。しかし、それは帰国後すぐではありません。上記のように時間がないのは事実ですが、熱い想いで突っ走っても誰もついてきません。

まとめ

今回は、複数回による帰国の経験をもとに、帰国後に必要なことや心構えについてまとめました。特に、後半の「帰国後1年が勝負」は、帰国後に時間との戦いが待っていることを訴えており、すでに1年が過ぎてしまった私からのメッセージです。せっかく留学を経験したのであれば、是非とも日本に還元できるよう上手にアクションを起こすことができれば良いですね。

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