挿管とチェックリストの使い方

皆さんは、集中治療室などで挿管をどのように行なっていますか?チェックリストを使用していますか?もし使用している場合、どのような流れでチェックを進めていますか?

今回は、私が勤務するRoyal Children’s Hospital (RCH)のPediatric Intensive Care Unit (PICU)で使っているチェックリスト1)と、その使用方法についてシェアしたいと思います。

目次

チェックリスト

本来の意義

オーストラリアや欧米は、人為的ミスが起きるのは当然であると考え、それを防ぎ拾い上げるシステム作りが得意です。

日本ではミスをすると、「気をつけなさい」と言います。次はミスをしないよう、「気をつける」のです。

欧米はそうではありません。ミスをした理由を考え、気をつけずともミスが起きない方法、またはミスをしても重大な影響を及ぼさない策を考えます。

チェックリストは、そういった人為的ミスを防ぐための一つの手段です。

研究による有用性の評価

チェックリスト自体は、ガイドラインが作成され論文でも紹介されています2)。一方、そんなチェックリストなんて無意味と言っている論文も存在します3)

このような研究結果に加え、私個人としても、日本で働いていた頃にはチェックリストの使用なんか馬鹿馬鹿しいと考えていました。

しかし、チェックリストを作成した本場での使用方法は、日本のそれとは大きく異なっていることに気がつきました。

(個人的に)優れていると思う点

以下、それぞれの項目や全体の流れ・使い方について、特に優秀だと思う点をピックアップしたいと思います。

スピードが速くなる

上記チェックリストの詳細を読んでもらえたらわかりますが、一つ一つは大したことありません。ある程度経験を積んだ人であれば、おそらくすべてご存知のことでしょう。

一方で、このチェック項目を、リストを見ずに1分以内にすべて確認できる人はどの程度いるでしょうか。

RCHの現場では、リーダーがこれらチェック項目を猛スピードで口頭確認していき、30秒から1分以内にチェックを終わらせます。

忘れ物をしなくなる

挿管は命に関わる手技であり、一連の動作を開始すると後戻りできません。薬剤投与後に「アレが無い!」は致命的になり得ます。

一方、どんなに麻酔や集中治療業務に携わった熟練者であっても、これまで一度も「忘れ物」をしたことがない人はいないのではないでしょうか。たとえば、鎮静したのち「吸引どこ!?」なんてよく聞く話です。

また、上記のリストすべてを準備しなさいと言っているわけではありません。それぞれの項目について、準備すべきか否かを考えなさいということです。このプロセスが非常に大事なんだと思います。

プランAからDまで用意

挿管に際し、プランAからプランDまで準備します。たとえば、

  • プランA:1st intubatorである〇〇医師が経口挿管する。容易であれば、その後経鼻挿管に入れ替える。
  • プランB:喉頭展開が難しいようなら、ビデオ喉頭鏡を使う。
  • プランC:挿管できない場合は、2nd intubatorであるXX医師に交代する。
  • プランD:それでも難しいならコンサルタントや麻酔科医を呼ぶ。

といった具合に、声に出して説明します。ある意味当たり前かもしれませんし、頭の中では考えているかもしれません。しかし、どの順番でどの挿管デバイスを用いるのか、どのタイミングでヘルプを呼ぶのかなど、予めチームで共有しておくべきです。「あの先生はあのデバイスが好きだから用意しておこう」などといった阿吽の呼吸が可能な日本は素晴らしい国ですが、だからこそコミュニケーション不足やミスが生まれるのだと思います。

起こりうる事態を予想

挿管に関連して、様々な合併症が起こり得ます。どんな合併症が予測され、どのように対応するつもりなのかも話さなければなりません。たとえば、

患者は左心低形成症候群に対しNorwood手術を施行されている。3.5mmという大きめのBlalock-Taussigシャントのため、麻酔や換気による低血圧やST変化に特に注意する。その場合には5ml/kgのアルブミン投与で対応する。

患者は挿管困難と抜管後喉頭浮腫の既往がある。細めのチューブを入れるつもりであり、吸入麻酔薬による緩徐導入とする。

といった具合です。これらを説明することで、そのような事態に備えることができ、看護師の動きが早くなります。

チームで情報を共有

チェックリストを用いる最大の利点は、それぞれのチェック項目をチーム全員の前で声にして確認することにあります。これにより、準備の抜け落ちた点がないか再確認することができると同時に、チーム全体で情報を共有できるようになります。

緊急の電話番号

RCHのチェックリストにはICU上級医や麻酔科医のPHS番号が記載されています。そのため、緊急時にも一目瞭然です。

RCHでは、PHSは医師一人一人に支給されません。勤務中の医師のみがそれぞれのポジションに応じた院内PHSを持ち、勤務の引き継ぎと同時に電話も引き継ぎます。オンとオフがはっきりしているオーストラリアならでは、ですね。

注意点

日本の病院も、昔に比べると様々な場面でチェックリストを使用しているようになってきていると思います。しかし、それらがうまく現場で役立っていることは少ないのではないでしょうか。

日本人は真面目なので、チェックリストがあると、抜け目なくチェックすることを目標にしてしまいます。そのため、必要以上に時間と手間がかかる傾向にあります。そして稀にチェックミスを起こすと、そこを追求し、より手間のかかるチェックリストを作成します

しかし、本来チェックリストは臨床の手助けのために存在するものです。リスクを最大限減らし、ベネフィットを最大限増やすことです。チェックリストにより該当リスクをゼロにすることが目標ではありませんチェック項目すべてクリアしなければ先に進めないなんてことはありませし、チェックリストのせいで現場が混乱することは避けなければなりません

まとめ

上記のように、チェックリストの使用によって様々な利点があります。中でも個人的に最も大事だと思うところは、情報の共有です。それぞれの事項を口に出して共有し意見することで、個々の教育にもなりますし、良好なコミュニケーションによりチームとしてのパフォーマンスが向上、しいては他の患者へのケアの向上に繋がるのだと思います。そう言った意味では、上記で紹介した論文の結果(個々の患者での動脈血酸素飽和度の低下に有意差なし2))で、チェックリストの不要性を主張するのは難しいでしょう。

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References

  1. The Royal Children’s Hospital. PICU protocol.
  2. Higgs A et al. Br J Anaesth. 2018 Feb;120(2):323-352.
  3. Janz DR et al. Chest. 2018 Apr;153(4):816-824.
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