新生児・乳児の区域麻酔と現状

以下の内容は、2024年に仙台で開催された日本区域麻酔学会第11回学術集会シンポジウム「新生児/乳児の区域麻酔を効かせるために」の発表に際し、施行したアンケートを元に作成しました。発表時間の関係で、アンケート結果の全てを現地で公開できなかったため、こちらにまとめて記載しました。興味のある方は是非ご覧ください。

目次

小児に対する区域麻酔の意義とリスク

成人と同様、小児においても区域麻酔のメリットはある。例えば、1) 乳児では下行性疼痛抑制系が未熟であり、疼痛やストレス反応が大きい1,2,3)。そのため、疼痛時に交感神経系が亢進し、バイタルや免疫反応、代謝に影響を与えうる。また、2) 出生後早期の疼痛は神経機構(ex. rostroventral medulla)を変化させる可能性がある4,5)。将来、手術や刺激により過剰な反応が励起され、疼痛コントロールに難渋するかもしれない。他にも、3) 麻薬関連の副作用は、未熟児や乳児、術後に多いことも問題である。周術期の区域麻酔は麻薬の量を減らし、合併症の減少や入院期間を短縮させうる3,6)

一方で、小児では薬物動態や神経の発達や解剖の違いにより、必要な局所麻酔薬の濃度は低く、容量は少ない。また、局所麻酔薬中毒は乳児の報告が多いことも大きな特徴であり、区域麻酔の是非を問う際に看過できない問題である(「小児の区域麻酔:用量と合併症」参照)。

局所麻酔薬の推奨量

小児に対して推奨される局所麻酔薬の用量(mg)・容量(ml)に関しては、「小児の区域麻酔:用量と合併症」を参照にしていただきたい。サマリーのみ、下に示す。

現状調査

上述のように小児においては区域麻酔の利点と危険が共存するため、施行に関しては様々な考え方が存在すると予想される。実際、米国を中心とした小児の区域麻酔に関するデータベース(Pediatric Regional Anesthesia Network: PRAN)では、そのバリエーションが大きいことが示唆されている7)。そこで今回、アンケートをもちいて新生児・乳児を対象とした区域麻酔の日本における現状調査を行うこととした。

アンケートの施行方法は以下の通りである。

時期:2023年11月

対象:小児麻酔学会の役員が所属する施設(64施設)のうち代表者のE-mail addressが判明した47施設

方法:アンケートをE-mailで送付し、Google formまたはWordで回答を依頼

結果

回答施設

アンケートを送付した47施設中、以下の37施設の代表者より回答があった。

以下、それぞれの質問に対する回答を集計形式で示す。

症例①:生後10ヶ月、7kg、母指多指症

区域麻酔を施行するか?その種類は?

薬液・濃度・容量・用量

区域麻酔を施行しない理由は?

症例②:1歳、10kg、鼠径ヘルニア(前方切開法)

区域麻酔を施行するか?その種類は?

薬液・濃度・容量・用量

区域麻酔を施行しない理由は?

症例③:生後10日、2900g、動脈管結紮術

区域麻酔を施行するか?その種類は?

薬液・濃度・容量・用量

区域麻酔を施行しない理由は?

症例④:生後11ヶ月、7kg、先天性嚢胞性肺疾患、肺葉切除術(開胸)

区域麻酔を施行するか?その種類は?

薬液・濃度・容量・用量

区域麻酔を施行しない理由は?

症例⑤:生後2ヶ月、4kg、肥厚性幽門狭窄症手術(開腹)

区域麻酔を施行するか?その種類は?

薬液・濃度・容量・用量

区域麻酔を施行しない理由は?

症例⑥:1歳、8kg、口蓋形成術

区域麻酔を施行するか?その種類は?

区域麻酔を施行しない理由は?

考察

まず目につくのが、それぞれの症例に対し神経ブロック施行の有無について施設によって大きな差があることである。もちろん比較的多くの施設が神経ブロックを行う症例や、逆に多くの施設が神経ブロックを行わない症例はあるが、それでも同一症例でここまで(小児麻酔の質が担保されていると考えられる小児麻酔学会の役員が在籍する)施設による違いを認めたことは特筆すべきである。

神経ブロックの種類においても、いずれの症例に対しても複数の区域麻酔法が提示された。近年多彩な神経ブロックが報告されている中で、たとえ同一症例であっても適した区域麻酔法は複数存在する。そしてその選択は、施設によって大きく異なっていた。

使用薬剤は全ての症例において、いずれの施設もロピバカインまたはレボブピバカインの使用が想定された。一方、海外のガイドラインで度々目にするブピバカインの使用を想定した施設は存在しなかった。これは、ブピバカインの心毒性や中枢神経毒性を考慮した結果かもしれない。

薬剤の濃度(%)や容量(ml)、用量(mg)にも、大きなバラツキがみられた。「小児の区域麻酔:用量と合併症」で述べたように、小児では低い濃度の低容量が推奨されているが、推奨量と比較すると多くの施設で比較的多量の局所麻酔薬が使用されているようである。

本アンケートには注意すべき点も存在する。方法で述べたように、本アンケートは小児麻酔学会の役員が在籍する施設を対象に、その代表者にアンケートを送付している。すなわち、施設内での個人間のプラクティスの違いは反映されていない。また、小児麻酔学会の役員を擁さない施設も多々存在し、そこでも小児麻酔が行われていると予想されるため、本アンケートは日本全体の実情を表しているとは言い難い。一方で、アンケートの回答施設にはハイボリュームセンターが数多く含まれており、それぞれの施設の小児麻酔の代表者が回答している。その点、本アンケート結果は日本における小児麻酔の「先端」や「トレンド」を表しているのかもしれない。

さいごに

本アンケートは、回答しても何の見返りもないアンケートである。一個人が、それを役員や立場のある人にある日突然送りつけたものである。しかし、一度もリマインドメールを送らずに、79%という高い回答率を得ることができた。立場ある人の、仕事に対する真摯さ、損得ではないボランティア精神、日本の医療を良くしたいという熱い想いを、身をもって感じることができた。責任を持ってアンケート結果をここに公表するとともに、回答いただいた方々に対し、この場を借りて感謝申し上げたい。

 

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References

  1. Anand KJ, et al. Lancet. 1987 Jan 10;1(8524):62-6. PMID: 2879174.
  2. Anand KJ, et al. Anesthesiology. 1990 Oct;73(4):661-70. PMID: 2221435.
  3. Boretsky KR. Paediatr Drugs. 2019 Dec;21(6):439-449. PMID: 31628666.
  4. Peters JW, et al. Pediatrics. 2003 Jan;111(1):129-35. PMID: 12509565.
  5. Peters JWB, et al. Pain. 2005 Apr;114(3):444-454. PMID: 15777869.
  6. Chidambaran V, et al. Pain Med. 2014 Dec;15(12):2139-49. PMID: 25319840.
  7. Taenzer AH, et al. Reg Anesth Pain Med. 2020 Dec;45(12):964-969. PMID: 33004653.
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