小児肝移植の麻酔管理

術前評価に関しては『小児肝移植の術前評価』参照。

目次

麻酔準備

モニタリング

全身麻酔に対する通常のモニタリングを行う。後述のように高カリウム血症による心電図変化や致死的不整脈の可能性があるため、5極誘導心電図を用い、除細動器を準備する。

経食道心エコーは心機能や血管内容量の評価のために有用なモニタリングであるが、静脈瘤や出血傾向を鑑み挿入しないことも多い。小児肝移植では、成人と比較し経食道心エコーを使用する症例は少ないが、血行動態や心機能の評価には有用である。Pulse pressure variationやpulse variability indexを参考にするのも一手である。

凝固機能については、中央検査室での凝固検査だけでなく、thromboelastography (TEG)やrotational thromboelastometry (ROTEM)といった血液粘弾性検査も活用するとよい。

ライン

新生児であっても22G以上の末梢ラインの確保が望ましい。下大静脈の遮断を考慮し上肢に最低2本確保する。中心静脈ラインを確保する。中心静脈カテーテルの太さや深さに関しては『小児心臓麻酔のモニタリング』参照。大量出血や術中透析が必要になると予想される患者では、透析用カテーテルを挿入してもよい(カテーテルの選択と血液流量については下図参照)。veno-veno bypassを使用する症例もあるが、基本的には輸液・輸血投与ルートとして数えてはならない。

動脈ラインを1-2本挿入する。2本挿入するメリットは、採血中にも血行動態が観察できることである。上腕動脈や大腿動脈に挿入すると、「中枢」に近い圧として使用できる。

成人では肺動脈カテーテルを挿入する施設が多いが、小児では体格により適応外となることが多い。

セルセーバー

大量出血が予想される患者では、セルセーバーの使用についても外科医と話し合っておく。開腹し腹水を吸引した後より、胆管吻合の前まで使用可能である。セルセーバーの回路を使用することで貯蔵期間の長い赤血球製剤による高カリウム血症の危険を減らすことができる。ただし、セルセーバーには凝固因子といった血漿成分は含まれず、悪性腫瘍や感染症では相対禁忌となる1,2)

術中

前無肝期(Pre-anhepatic stage, dissection stage)

麻酔導入からレシピエントの肝臓との血液(肝動脈・門脈・下大静脈)が遮断されるまでを”pre-anhepatic phase”と呼ぶ。先に肝動脈と門脈を結紮し、最後に肝流出路を下大静脈から切除する。

開腹して腹水が吸引されると、血管内容量が大きく変化することがある。適宜アルブミン製剤などで血管内容量を維持する。

開腹歴、門脈圧亢進症、門脈体循環シャント、特発性細菌性腹膜炎があれば、この時期の出血は多い。中心静脈圧が高いと出血するため低めに留めたいが、次に待ち受ける下大静脈と門脈の遮断により前負荷が低下するので脱水にすべきではない。

無肝期(Anhepatic phase)

肝血流遮断からグラフト肝の再灌流までを”無肝期(anhepatic phase)”と呼ぶ。通常、肝静脈(outflow)と門脈(inflow)の吻合後、門脈(inflow)と下大静脈(outflow)の血流再開によって再灌流が行われるまでの期間である。

伝統的には、下大静脈を肝臓の上下で遮断して肝臓を摘出する手法が採用されてきた。下大静脈の遮断により前負荷が減少し血圧が低下する。門脈圧亢進症のない患者では、下大静脈への血流をバイパスする側副血行路が発達していないため、低血圧になりやすい2)。一時的な前負荷減少による低血圧に対して輸液のみで対応すると、再灌流後に容量過負荷・右心不全・グラフトのうっ血を呈するため、血管収縮薬を使用する。

最近では、下大静脈を部分遮断またはサイドクランプするpiggybackと呼ばれる手法が用いられることもある。血行動態の不安定さを軽減し、手術時間や虚血時間の短縮(下大静脈の吻合が一箇所で済むため時間が短縮)、輸血製剤の使用量低下といった効果が期待されている3)。ただし、小児では血管が細く下大静脈のトータルクランプとサイドクランプで大きく静脈還流が変わることがなく、肝静脈吻合後(門脈吻合前)はクランプ位置を下大静脈から肝静脈へ変更することで下大静脈からの静脈還流低下の時間は短縮できることから、全例トータルクランプで臨む施設もある。

下大静脈の遮断により血管作動薬や容量負荷によってもコントロールできないだけの心拍出量の低下と低血圧がおきるのであれば、venoveno bypassを考慮する。大腿静脈、門脈、腋窩または内頸静脈にカテーテルを挿入し、下半身と門脈血を上大静脈にバイパスする。

無肝期には肝機能が完全に失われるため、前無肝期の代謝異常が増悪する。乳酸の代謝機能が失われ(乳酸値の上昇)、輸血製剤に含まれる酸の影響が重なり、アシドーシスへ傾く。アシドーシスや輸血の影響により高カリウム血症の危険が増加する(特に日本の赤血球製剤は基本的に放射線照射されており高カリウム血症になりやすい)が、小児の肝移植ではそこまで多くない4)。輸血製剤に含まれるクエン酸により低カルシウム血症が引き起こされるが、小児では血管緊張性や心収縮力が低下しやすい5)。糖新生が行われずグリコーゲンの貯蔵もなく、肝臓でのインスリン分解もないことから、低血糖が起こりやすい。冷却されたグラフト肝が留置されるため、体温の低下に注意する。

この時期から、再灌流に伴う変化を予想し準備しておく必要がある。再灌流時には、大量の冷却された、カリウムを含むアシドーシスに傾いた液体がグラフトから、カリウムを含むアシドーシスに傾いた血液が遮断されていた下大静脈から体循環に入る。再灌流前より、カルシウムや重炭酸ナトリウムを投与し、カリウム濃度を低く(ex. 3-4 mEq/L)しておく。酸塩基や電解質補正が追いつかない場合は、腎代替療法をの使用を考慮する。

後無肝期・新肝期(Post-anhepatic phase/neo-hepatic phase)

再灌流以降は”後無肝期(post-an hepatic phase)”と呼ばれ、肝動脈吻合と胆道再建が行われる。小児では胆道閉鎖症が多く、患児の胆管が残っていないためRoux-en-Y法による胆管空腸吻合が行われてきたが、それ以外では胆管胆管吻合を行うこともある。

Post-reperfusion syndrom (PRS)は、門脈と下大静脈の遮断解除後に動脈圧が30%以上低下する状態であり、ミトコンドリアの脱エネルギー、代謝性アシドーシス、アデノシン三リン酸の低下、Kupffer細胞の活性化、カルシウム過負荷、酸化ストレス、炎症性サイトカインの励起、臓器保護液の流入といった機序が提唱されている6,7)。典型的には再灌流後数分急激に血圧・心拍数・体血管抵抗が低下し、肺血管抵抗が増加する。心臓の前負荷は増加する。ドナーの因子(年齢、高血圧etc)、レシピエントの因子(MELD/PELD score、腎機能、高カリウム血症、低カルシウム血症、貧血、グラフトサイズのミスマッチetc)、外科的要因が関与している可能性がある2)。介入できる因子に関しては、前述のように再灌流前に補正しておく必要がある。

小児の脳死肝移植では、グラフトを左右でスプリットして別々のレシピエントに使用することがある。左の場合は血管口径と肝臓留置位置に注意を要する。生体や脳死のスプリットした場合は、肝切離面からの出血やグラフトへの灌流による前負荷低下に注意する。生体では胆管の走行など術前に確認することができるが脳死では確認できないため、胆汁漏のリスクから脳死ではmono-graftは用いない。

この時期、凝固障害などの影響で出血が持続しうる。成人と比較し、小児ではprotein Cやprotein S、plasminogen、anti-thrombin IIIの低下や第VIII因子の増加により過凝固状態になると言われており2,8)、肝動脈血栓の発生率は5-18%(成人の3-4倍)、門脈血栓の発生率は5-10%と言われている9)。輸液の過負荷はグラフトのうっ血・機能障害や腸管浮腫の原因となるが、血管内容量不足は低灌流やグラフト不全、血栓形成の危険を高める。多血では粘稠度が増加し血栓が形成される可能性を考え、低めのヘモグロビン濃度(ex. 8-10 g/dL)を推奨する専門家もいる2)

心血管作動薬や血液製剤を適宜使用し、過度な血管拡張を避ける。軽度のアシドーシスは再灌流と肝機能により補正されるため、再灌流後は重度のアシドーシスとそれによる高カリウム血症・心血管系の抑制がない限りは積極的には補正しない。

その他

輸液

HESは血小板凝集能の抑制や凝固因子の低下による術中出血の増加や急性腎傷害の危険を増加sあせる可能性がある10)。アルブミンは術中輸液量を抑え肺水腫を減らす可能性があり、肝移植の術中輸液として頻繁に用いられる11)

輸血

新鮮凍結血漿、クリオプレシピテート、血小板輸血に関しては、肝動脈や門脈血栓に対する危惧とのバランスである。血小板は、25-50,000/mlを下回る、またはコントロール不良の大量出血とならない限りは、通常投与しない2)。劇症肝不全の患児ではフィブリノゲンが低下しているため、術中出血時にはフィブリノゲンをモニタリングし、必要時にクリオプレシピテートを投与する。一つの目安としては、150-200mg/dlである2)

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References

  1. Guay J, et al. Can J Anaesth. 2006 Jun;53(6 Suppl):S59-67. PMID: 16766791.
  2. Ballard HA, et al. Paediatr Anaesth. 2022 Dec;32(12):1285-1291. PMID: 36178188.
  3. Vieira de Melo PS, et al. Transplant Proc. 2011 May;43(4):1327-33. PMID: 21620122.
  4. Xia VW, et al. Anesth Analg. 2006 Sep;103(3):587-93. PMID: 16931666.
  5. Kimura S, et al. J Cardiothorac Vasc Anesth. 2018 Aug;32(4):1667-1675. PMID: 29273480.
  6. Mihaylov P, et al. Transplant Proc. 2022 Apr;54(3):755-761. PMID: 35272878.
  7. Hall TH, et al. Semin Cardiothorac Vasc Anesth. 2013 Sep;17(3):180-94. PMID: 23482506.
  8. Harper PL, et al. Lancet. 1988 Oct 22;2(8617):924-7. PMID: 2902380.
  9. Nacoti M, et al. World J Gastroenterol. 2016 Feb 14;22(6):2005-23. PMID: 26877606.
  10. Hand WR, et al. Anesth Analg. 2015 Mar;120(3):619-626. PMID: 25036375.
  11. Haynes GR, et al. Eur J Anaesthesiol. 2003 Oct;20(10):771-93. PMID: 14580047.
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