今回は、Fontan(フォンタン)手術でしばしば作成されるfenestrationのメリット・デメリットについて、エビデンスという観点から考えてみたいと思います。
はじめに
Fontan手術では、fenestrationという小さな孔をトンネルやグラフトの壁に作成し、TCPCから共通心房への右左シャントを作り出すことがあります。心拍出量増加、肺高血圧クリーゼ予防、全身徐脈圧低下による胸水減少や蛋白漏出性胃腸症の防止といった効果が期待されており、こちらで解説したような危険因子がある場合に考え出された方法です1)。
一方で、fenestrationには右左シャントによる動脈血酸素飽和度の低下や血栓塞栓症のリスクが存在します。そのため、Fontan手術に際してfenestrationを作成するか否かは、それぞれの施設や外科医によって異なり、その効果についても意見が分かれています。
そこで今回は、これまでの研究からfenestrationの是非について考察しようと思います。
※ただし、Fontan手術やそれに至るまでの姑息手術、肺高血圧に対する治療薬などもここ数十年で随分と進化しているため、あまり古い後ろ向き研究は除きました。
先にサマリーを申し上げますと
- ランダム化比較試験は2つだけで、後ろ向き研究は答えを導くには質が低い。
- Fenestrationを施行した方が、術後の酸素飽和度は低くなる。
- 胸腔ドレーン排出量といった術後早期の経過はfenestrationがあった方が良いかもしれない(※しかし、これもFontan循環の危険因子が多い患者だけかもしれない)。
- 全身静脈圧の低下による蛋白漏出性胃腸症の防止・心拍出量増加・運動耐容能といった長期的なアウトカムになると、fenestrationによるメリットは不明。
といった感じになります。
文献紹介
Lemler et al. Fenestration improves clinical outcome of the fontan procedure: a prospective, randomized study. Circulation. 2002.
要点
- ランダム化比較試験、待機的Fontan手術患者、側方トンネルまたは心外道管、n=49
- fenestration群(n=25) vs. non-fenestration群(n=24)
- Fenestration群で、有意に術後の酸素飽和度が高く、胸腔ドレーン排出量が少なく、入院日数が短く、(手術やカテーテル、ドレーン追加などの)追加の手技が少なかった。
注意点
- 古い研究であるが、本トピックに関する数少ないRCTである。
- サンプル数の計算において、項目(primary outcome?)・差・標準偏差に関する記載がなく、サンプル数の決定に疑問が残る。また、術後治療やアウトカムの評価がどこまでblindでされているのか不明。
- 「標準リスク患者」とあるが、Fontan循環としての危険因子が3つまたは4つ以上の患者も対象となっており、ある程度重症な患者も含まれている。
Atz et al. Late status of Fontan patients with persistent surgical fenestration. J Am Coll Cardiol. 2011.
要点
- 横断研究、6〜18歳でFontan手術を施行された患者
- Fenestration群(n=361)vs. non-fenestration群(n=175)
- 多変量解析において、fenestrationは入院日数低下と関連。評価時点(8±3年)において、81%の患者が自然または何らかの介入によりfenestrationが閉鎖していた。Fenestrationの開存の有無はより多くの薬剤と安静時酸素飽和度の低下と関連していたが、運動耐容能や血栓塞栓合併症、蛋白漏出性胃腸症に有意差はなかった。
注意点
- 7施設参加の研究だけあって、後の研究と比べてもサンプル数は多い。時代だけでなく、施設間でfenestrationの施行率が13〜91%とかなりバラツキあり。
- 横断研究なので、follow-up期間は様々である。また、研究開始時に既に死亡や追跡不能であった患者もいるはずであり、バイアスの原因となる。
- Fontan原法、側方トンネル、心外道管でfenestrationの施行率が異なっている。術前の心機能のデータなし。調整されているのは年齢や施設、Glenn手術の有無のみ。
Fiore et al. Comparison of fenestrated and nonfenestrated patients undergoing extracardiac Fontan. Ann Thorac Surg. 2013.
要点
- 後ろ向き研究、心外道管、10歳未満
- 1995年〜2004年(era 1)と2005年〜2010年(era 2)、Fenestration群(n=61)vs. non-fenestration群(n=54)
- 酸素飽和度はnon-fenestration群で有意に高いが、胸腔ドレーン量、乳び胸、不整脈、死亡率、脳卒中など他のアウトカムに差なし。
注意点
- 胸腔ドレーン量の中央値で高&低のbinary outcomeにしてlogistic regressionを行なっているが、なぜ連続変数(のlog transform)のlinear regressionの方が多く変数を入れることができそう。わざわざ中央値で区切っているが、logistic regressionに入れた変数は3つのみで、心室拡張末期圧やtranspulmonary gradientを除いてしまっているのは残念。
- おそらく外科医の好みも関わってくる(交絡因子になる)と考えられるが、外科医に関するデータや調整もない。
- 患者背景や交絡因子の調整の欠如により、HLHSのfenestration群で(non-HLHSのfenestration群とnon-HLHSのnon-fenestration群よりも)胸水が多いという結果は特に不思議ではない。
Fan et al. Effect of Fenestration on Early Postoperative Outcome in Extracardiac Fontan Patients with Different Risk Levels. Pediatr Cardiol. 2017.
要点
- 後ろ向き研究、心外道管、10歳以下
- 低リスク患者(n=93)と高リスク患者(n=90)に分け、それぞれでfenestration群とnon-fenestration群で比較。
- 高リスク患者では、fenestration群で胸腔ドレーン排出量が少なく(1153ml vs. 1739ml, p=0.02)留置期間が短かった(11.9days vs. 17.0 days, p=0.03)が、低リスク患者では有意差なし。
注意点
- Fenestrationの有無は外科医の好みと述べれられており、外科医が交絡因子になりうるが、統計でその調整はされていない。単変量解析のみで、他の交絡因子も調整されていない(すなわちリスクのみの層別化解析)。
- 術前の状態としてはfenestration群の方がやや重症のように見えるが、それでも上記のアウトカムでfenestration群の方が良好な成績をあげているのは特記すべき。
- 術後早期のデータのみで、長期的予後は不明。
Heal et al. Effects of persistent Fontan fenestration patency on cardiopulmonary exercise testing variables. Congenital Heart Dis. 2017.
要点
- 横断研究、6〜18歳、Fontan術後患者、n=411
- Fenestrationあり(n=38)、fenestrationなし(n=325)、不明(n=48)で、肺機能やエルゴメーターによる運動耐容能や酸素消費量を計測し比較
- 運動時の酸素消費量や心拍数に差はないが、fenestration群で運動時に有意な酸素化低下を認めた。
注意点
- 運動時に酸素消費量は上がるものの、Fontan循環では心拍数が上がりにくく、fenestationを介して心拍出量を増加させている、と考えるのが分かりやすい説明。ただし、酸素摂取率(O2ER)の上昇または嫌気性代謝が始まっている可能性も否定できない。
- 横断研究であり、基礎疾患やその他の情報は何一つわからない。
- Fenestrationの有無について多変量解析を行い、モデルとしてr-squareを提示しているが、解釈に苦しむ。
Skas-Suska et al. Long-Term Effects of Percutaneous Fenestration Following the Fontan Procedure in Adult Patients with Congenital Univentricular Heart. Med Sci Monit. 2018.
要点
- 後ろ向き研究、過去にFontan手術を施行された18歳以上の成人、n=39
- Fenestrationあり(n=19) vs. fenestrationなし(n=20)で、血液データや運動耐容能、肺機能などを比較
- Fenestrationのない群で、MNT-proBNPが有意に高く、心房細動が有意に多い。Fenestrationは、心室駆出率が高く、運動負荷時の心拍数増加と酸素消費量高値と関連。
注意点
- Fenestrationの有無による長期予後(成人)を評価した、数少ない研究。
- ごく少数のFontan原法(8%)と、残りは全て側方トンネルであり、心外道管の患者は一人もいない。
- Fontan手術前のリスク評価に関する情報(肺血管抵抗や心室拡張末期圧など)が欠如しており、fenestrationの有無による両群のそもそものbaselineの差がわからない。また、サンプル数が少なく単純比較のみのため、fenestrationが良いと結論づけるのは難しい。
Li et al. Comparison of the fenestrated and non-fenestrated Fontan procedures: A meta-analysis. Medicine (Baltimore) 2019.
要点
- メタアナリシス、2018年7月までのfenestrated vs. non-fenestrated Fontanを比較した研究をレビュー
- 14研究(ランダム化比較試験 *1、後ろ向き研究 *11、横断研究 *2)、1929名
- Fenestration群で早期の術後酸素飽和度は有意に低いが、後期は有意差なし。Fenestration群で不整脈の発生率が低い。
注意点
- 後ろ向き研究の殆どで患者背景に差があるため、それらを元にしたメタ解析の結果の信憑性に疑問。例えば、fenestrationの判断材料となる心機能や、fontan手術の種類、技術の進化(時代)についても考慮されていない。
- 酸素飽和度や術後肺血圧など、I2が80%を超えており、heterogeneityが大きい。
- ランダム化比較試験と後ろ向き研究を一緒に解析している。
ちなみに、2020年7月にfenestrationの有無で胸水を比較したRCTがpublishされています。比較的状態の良いFontan患者40名を対象とし、fenestrationによって術後の胸水は減らなかったとしていますが、残念ながら本文を未だ入手できていないため、その詳細は不明です。手に入り次第、追加したいと思います(PMID 32720367)。
まとめ
意外(?)に、fenestrationの有効性に関する確定的な答えは殆ど得られませんでした。サマリーとしては、
- ランダム化比較試験は2つだけで、後ろ向き研究は答えを導くには質が低い。
- Fenestrationを施行した方が、術後の酸素飽和度は低くなる。
- 胸腔ドレーン排出量といった術後早期の経過はfenestrationがあった方が良いかもしれない(※しかし、これもFontan循環の危険因子が多い患者だけかもしれない)。
- 全身静脈圧の低下による蛋白漏出性胃腸症の防止・心拍出量増加・運動耐容能といった長期的なアウトカムになると、fenestrationによるメリットは不明。
そして、個人的意見も加味すると、
- Fenestrationがあっても血栓塞栓症に有意差がないとした研究が多いが、生理学的には当然ありうる合併症であり、思ったよりも多くないだけで「ない」とは言えない。
- 人工心肺やプロタミン、人工呼吸器管理による肺血管抵抗上昇や、それによる全身静脈圧上昇、LCOSが起こりうる術後早期は、理論的にもこれまでの研究結果からもfenestrationがあった方が良さそう。
- 特にFontan循環の危険因子により高いリスクと判断された人は、fenestrationにより恩恵を受ける可能性はある。
- しかし、集中治療医にとって管理しやすいだけで、長期的にはあまり意味がないのかもしれない。
といったところでしょうか。
References
- Bridges et al. Circulation. 1990 Nov;82(5):1681-9.
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