拡張型心筋症と肺動脈絞扼術

近年、拡張型心筋症の新しい治療として、肺動脈絞扼術の有効性が提唱されています。今回は、その原理や管理について、麻酔科医・集中治療医が把握すべき事項を解説します。

目次

はじめに

保存的治療に難渋する末期心不全では、心室の負担を軽減し臓器の灌流を維持する目的で、機械的循環補助(mechanical circulatory support: MCS)を病態の改善や心移植までのbridging therapyとして用いることがある。

10歳代であれば植込型補助人工心臓が使えることもあるが、乳児といった体格の小さな患者ではその使用は難しい。そのような患者では、短期間の体外式膜型人工心肺(extracorporeal membrane oxygenation: ECMO)や、Berlin Heart®️といった長期間の体外式補助人工心臓(ventricular assist device: VAD)がbridging therapyの選択肢として挙げられる。しかし、その管理には長期的な集中治療室や入院が必要であり、感染や出血、血栓塞栓症といった致命的な合併症も問題となってくる。

拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy: DCM)は上記のような臨床経過を辿る代表的な疾患であるが、右室機能がある程度保たれたDCMをもつ小児に対し、肺動脈絞扼術(pulmonary artery banding: PAB)することにより左室機能が改善されたと近年報告され、心移植を遅らせるまたは代替療法として期待されている3)

目的

DCMに対してPABを施行することで左室機能が改善するとされているが、その機序として以下のような可能性が提唱されている1)

  • 心室中隔を左方移動させることにより、その形状を球状から楕円状に変形させ、僧帽弁輪を縮小させる。僧帽弁逆流が減少するため、容量負荷を減らすことができる。
  • 左室前負荷と拡張末期圧が低下することで、Frank-Starling曲線上の改善が期待できる。
  • PABにより右室収縮力が増加(Anrep effect: 急激な後負荷上昇により収縮力が増加する現象)し、右室のリモデリングを促進する。
  • 内因性の変化により左室も同時にリモデリング(co-hypertrophy)され左室機能が改善し、両心室の同期も再構築される。

このような右室と左室の相互作用(ventricular-ventricular interaction: V-V-I)がDCMに対するPABの治療効果ではないかと期待されている2)

アイディアとしては、修正大血管転位(ccTGA)に対するPABに由来している。ccTGAで左室流出路狭窄のない患者では、左室の退行予防(またはトレーニング)としてPABを施行することで、右室の拡張を防ぐ効果も期待されている。

適応

DCMに対するPABに関しては、以下のような適応が提唱されている2)

  • 年齢:0〜6歳(若年の方が右室の適応力・左室の回復力が高い)
  • 右室機能の保持:右室EF > 45%
  • 左室拡張末期容量 Z-score > +4.5
  • 強心剤の使用でも左室EF < 30%
  • 機械的補助循環または心移植の適応症例

適応外となるのは2)

  • 急性・亜急性心筋炎
  • 先天性心疾患
  • 重度三尖弁逆流症
  • 肺高血圧

左室型拡張型心筋症を他の疾患と鑑別しておくことは非常に大切である。すなわち、大動脈縮窄症や重症大動脈狭窄症といった圧負荷による左室の拡張や、僧帽弁逆流症による容量負荷による左室の拡張との鑑別を、しっかりと行っておく。

周術期管理

術中・術後管理

DCMのためその収縮力は非常に低下しており、麻酔薬やvolume負荷が致命的となることがある。可能な限り循環抑制の小さな薬剤やvolume管理を細かく調節する必要がある。

手術は胸骨正中切開と部分的な心膜切開で行われることが多いが、心膜切開によりV-V-Iが変化し、頻脈・血圧低下となる2)ためvolumeや心血管作動薬の準備をしておく。

肺動脈絞扼術におけるバンドの締め具合については、

  • 右室圧が体血圧の60%2)〜70%1)
  • 経食道心エコーで心室中隔の左方シフトするまで1)
  • 三尖弁収縮期移動距離(Tricuspid annular peak systolic excursion: TAPSE)が低下するまで1)
  • PAB前後の圧較差が20〜25 (35)mmHg:ただし、右室機能が回復しTAPSEが元の値に戻った際には、もう少し上昇している2)
  • 三尖弁逆流が増えるまで2)

といった方法が提案されている。

一般的なPABの締め方についてはこちらを参照。

心室中隔欠損症などQp/Qsを調節するためのPABでは、心室機能は正常か過剰であることが多く、肺血流を低下させることで心臓の負担は減るため、リスクの高い手術ではない(といってもRACHS分類のcategory 3)。しかし、DCMに対するPABは、その心室機能も血行動態も異なるため、リスクの高い手術となる。

中期〜長期

PABに反応する症例では、リモデリングとともに左室径、左室EF、僧帽弁逆流といったパラメーターの改善がPABの3〜9ヶ月後にみられる2)。どのタイミングで、経カテーテル的に、完全にまたは部分的にPABを解除するかは、現在模索中である2)

References

  1. Candia et al. Front Pediatr. 2020 Jul 16;8:347.
  2. Schranz et al. Transl Pediatr. 2019 Apr;8(2):151-160.
  3. Schranz et al. Circulation. 2018 mar 27;137(13):1410-1412.
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