「大学病院」や「市中病院」については、これまで何度も書こうと思ってきましたが、年齢や立場によって考え方や感じ方が変化するため、あまり断定的に書くことが憚られて執筆することができませんでした。しかし、その時々の年齢や立場で感じたこと書き残すことも大切だと思い立ち、筆をとることにしました。
SNSなどでは大学病院の悪いところばかり目立ちます。にも関わらず、大学には医師が集まります。なぜでしょうか。今回は、大学病院の特徴を書き連ねました。それぞれがメリットかデメリットかの捉え方は個人によって異なりますので、是非は論じません。大学病院に興味のある人は、参考にしてみてください。
組織
権力がある
大学病院の特徴としてまず挙げられるのが、その権力です。国が新たな制度を考えるときに参考にするのが、大学病院のお偉方の意見です。日本の医療制度は大学病院の医局システムで成り立ってきました。時代の変化からその形態は変化しますが、潰れることはありません。国からまず守られるのが大学病院です。医療制度を決めるのは大学病院ではありませんが、日本の医療制度の決定に影響力を及ぼすのが大学病院です。
また、専門医機構や学会が制度の変更や新制度の発案の際に意見を交換し、物事を決定するのは、機構や学会の理事や委員達であり、彼らの多くは大学病院と関係があります。所属が大学病院である人はもちろんのこと、市中病院所属であっても実は大学の関連病院であり、医局員であることはよくあることです。大学(とその関連病院)に人を集めるために、大学が専門医制度を都合よく変更し利用することなど簡単なことです。この辺りは政治の世界ですので、政治力があり権力の強い人・組織を中心に制度が作られ変更されていきます。まず末端の個人や小さな組織が潰され、大きな組織と権力が守られるのは、医療界に限ったことではありません。
人事権という観点でも、大学は権力を持ちます。日本特有の医局システムは、大学が関連病院に医師を派遣することで、それぞれの地域医療を守ってきました。個々の希望に反する人事は命令できない時代になりましたが、各医局員に人事を提案する構図には変わりありません。大学は、関連病院で働く医師やその評判をほぼ全て把握しています。個々の勤務態度、患者やコメディカルからの評判、表沙汰にならない不祥事など、驚くほど大学の耳に入ってきており、これらは人事に関わります。また、個々の希望を聞く代わりに人事権を発動することもあります。今なお大学は、個々の医師の勤務先と地域医療に大きな影響を及ぼします。
肩書きがある
大学病院という権力は、肩書きにも関係します。利害関係のある人達は、肩書きに挨拶します。例えば、大学病院の医師に対する業者の態度は市中病院のそれとは時に大きく異なります。年上の人であっても海外では見られないような頭の下げ方をしますし、何か頼み事をした時の返答の速さや費やす労力、仕事の丁寧さには驚かされます。
しかし、これは決して個人的な恩や関係に基づいたものではなく、大学の職員、つまりは大学に対して行われています。「〇〇大学が購入した」「XX大学が導入した」となれば他の多くの病院への宣伝として使えますので、大学は顧客として優先的に押さえておきたいターゲットです。そして、担当者の対応は売上に寄与しますので、丁寧かつ迅速な仕事により担当者の印象が良ければ、企業の売上upに繋がります。つまり、業者は自身の会社や売上のために頭を下げますが、これは医師個人に対してではなく、見据えているのはその肩書きです。実際、引退や離職などで肩書きがなくなれば、驚くほど人は離れていきます。
変化しづらい
大学病院に限らず、大きな組織の変化は簡単ではありません。大きな組織であれば変化することで多くの部門や人が影響を受けますが、多くの人間は変化を嫌います。人それぞれ価値観が違いますので、仕事に対する姿勢も異なります。隣の芝生は青いため、同じ組織内での相対評価さえ不満に直結します。医師を含む様々な部門と多数の労働者で成り立つ大学病院において、全ての人にとってハッピーな変化など無いに等しいです。何かを変えようとすれば、多かれ少なかれほぼ確実に反対に遭います。大きな組織と小さな組織の両方で働いたことのある方は、組織におけるフットワークの差を痛感しているのではないでしょうか。
それでもやはり変わらなければならないことはあるのですが、多くの組織はその内部からしか変えられません。ある上司の言葉に、以下のようなものがあります。
『竹槍でつつくような真似をするな。王道を行きなさい。』
これは、何かしらの問題点に対し、その組織の外部から丸腰で体当たりをし、物事を変えようとする様を諌めた言葉です。確かに古く大きな組織は変わりにくく、解体・壊滅しない限り外部からは変えられません。内部の理解と相応の権力なくして、組織は変わりません。デモで政治は変わりませんし、外野のSNSで組織内部は変えられません。黙っていれば、批判の熱は冷め、嵐はすぎ去るのです。圧倒的なビジョンと能力を持ち合わせていたとしても、それが組織の外部からでは竹槍でつつく弱者に変わりありません。評論家にはなれますが、それだけでは何も変わりません。日本の政治を変えたければ国会議員になり与党になるのが一番の近道であり王道であるのと同じで、大学病院や医局を変えたければ、大学に属し大学内部から変えるのが一番です。
組織内外の改革が可能
大学という組織は変化しづらいですが、変化すれば大きな改革が可能です。先に述べたように大学には権力があります。権力のある組織が変われば、組織内外の大きな改革が可能となります。国レベルの医療制度に意見できる機会が与えられますし、学会や専門医機構へのパイプを持っていますので、その運営や制度の変革のチャンスが生まれます。組織内部では、多くの人間や部門が変化による新しいルールに従います。巻き込む人が多いので、物事が大きく動きます。命令系統や決定プロセスの変革、機器やシステムの導入といったハード要素、役割や仕事の分配・流れの変更など、挙げればきりがありません。大きな組織が変わるということは、それだけ大きなrevolutionとなりえます。
ヒトとコネ
専門家が多い
医療の進歩と専門分野の細分化と共に、日々新しい知見や可能性が発表され、それを元に新しい疑問が生まれます。私の専門分野である麻酔は、それこそ昔は外科医の片手間の仕事でした。それが麻酔科という独立した科になり、今では麻酔の中でサブスペシャリティが求められる時代になりました。例えば、小児心臓麻酔のようにニッチな世界であっても、世界中で次々と新しい論文が公表されています。最近では臨床医学や研究だけでなく、医学教育や病院経営にも専門性が必要とされています。そのような昨今の医療界において、個人が全ての領域において知識をupdateし続けることは困難です。
しかし、一人で全ての領域を網羅できずとも、それぞれの領域の専門家が集まれば、全体としてはそれぞれの最先端をカバーできます。大学病院では何らかのサブスペシャリティを持っている人が多いため、彼らが専門分野の知識をシェアすれば、個々の労力は変わらず知識をupdateできます。これは、大学病院の特徴の一つだと言えます。
留学のコネ
度々このブログでも書いていますが、大学には留学のコネが転がっていることが多いです。もちろん市中病院にも場所によってはコネがありますが、個人的な人の繋がりであることが多く、その医師がいなくなればコネはなくなります。また、労働力が少なくなれば留学よりも現場が優先されることが多く、留学が後回しになる危険もあります。一方、大学では個人的な人のコネであることもありますが、組織としてコネを持っていることも少なくありません。つまり、(大学にはその特性上、特に研究留学のコネが多いですが)海外の研究室が「〇〇大学から継続的に」留学生を受け入れているのです。また、大学では比較的人も潤沢であり、誰かが出れば誰かが入るため、労働力の問題で留学が延期される危険は減ります。
ちなみに、大学のコネの有無で、留学に対するアプローチも異なります。大学のコネを使わない方法では、個々の魅力をアピールする必要があるため、「自分のため」に自分を磨く必要があります。IELTSやTOEFL、USMEL、学位、論文、そして病院(ラボ)見学など、積極的に自分を高めてCV(履歴書)を厚くし、対外的な努力により留学先から「欲しい」と思われる人物になる必要があります。枠に捉われず、道を自ら切り開ける人物が適しています。
一方、大学のコネで留学する場合は、その組織から推薦される人物にならなければなりません。他人のため、組織のために働く人間である必要があります。重要なのは、対外的な努力や自己アピールではなく、自より他を優先できる人間です。大学を代表する人間であり、大学の評判を落とす人物であってはなりません。組織から推薦される人ですので、実直な人物が適しています。
学位がとれる
学位、特にPhDについては、以前題材にしました(『PhDの使い道』)。PhDのメリットとデメリットについて述べましたが、メリットとしては、1) 視野が広がる、2) ポジションを得やすい、3) 採用時の信頼、4) 留学に有利、5) 対外活動に有利、を挙げました。3年も前の記事ですが、今読み返しても、あながち間違っていないと思います。中でも、
『PhDを持っているかどうかは、人間性を見る上で採用時の参考になる。なぜなら、少なくともある一定期間、難しい人間関係や望まない環境でも我慢しやってこれた人にのみに与えられる資格だからだ。』
という昔の上司の言葉は、大学という組織を言い得て妙だと思います。興味のある人は、ぜひこちらも読んでみてください。
情報が豊富
情報は武器です。情報を正確かつ迅速に収集し保持することは、目標達成への近道です。例えば、専門医の申請資格は刻々と変わります。「専従」とは何か、その定義や必要期間、例外や救済措置など、資格申請は非常に複雑です。上記のように制度を決定し牛耳っているのは権力のある人たちですが、当然その周囲に情報はいち早くかつ正確に伝わります。
インターネットにより情報が溢れ、誰にでも公平に情報を得られるように思われますが、実際はそうではありません。インターネットで公開されている情報は、万人向けの情報です。オイシイ話だけでなく、ネガティブな話や誰かを傷つけうる話は、信頼できる真っ当な人ほど、不特定多数が閲覧できる場でオープンにはしません。すなわち、本当に知りたい情報、いわゆる「オフレコ」は、インターネットには載っていません。進路や留学についても、勤務先の病院やラボの仕事内容や雰囲気、上司や同僚の人柄、当直の実態、実際の給料など、知りたい情報は文字にして残っていません。
このような「オフレコ」の情報は、身をもって経験した人が持っています。勤務先や留学先を悩んでいるのであれば、そこに在籍したことのある人から話を聞くのが一番です。大学は、その人数が多いだけでなく、多様な人が在籍します。病院や研究機関、国内外の留学、厚生省やPMDA、公衆衛生や経営大学院、特許や起業など、大学には医師だけでも様々な経験を持つ人が集まります。個々が複数の経験と情報を持っていますので、大学病院は多くの最新の情報を手に入れやすい場所となります。
人脈が広がる
大学病院の特徴の一つに、人が多いだけでなく、人の出入りが激しいことが挙げられます。大学病院に勤務している限り、いつ転勤になるかわからないため家を購入せず、単身赴任が一般的であった時代もありました。教授が変われば教授より歳上のスタッフが大学内からいなくなるのは、日本の医局でよくみられた暗黙のルールの一つです。若手医師は一年単位で入れ替わりますし、研修医は数ヶ月単位でローテートします。すなわち、大学という同じ場所で働いているだけで、次々と新しい面々と関わらなければなりません。他科についても同様ですので、大学病院で働いていると、人見知りであっても知り合いが増えていきます。
コラボレーション
医学は医師のみで完結できる時代ではありません。医療機器や薬の開発、人工知能による学習、難解な疫学や統計学など、医療行為や医療補助、研究には様々な分野の英知が不可欠です。何か新しいことを始めようとする時に、個々の力で打破するよりも、専門家とのコラボレーションの方がスムーズに事が進むことはよくあります。
大学病院はいわゆる「〇〇大学医学部附属病院」ですので、母体となる大学には医学部以外の様々な学部が属しています。大学病院内でもそれぞれの分野の専門家が活躍していますので、タイアップした純粋な研究が可能です。また、企業との関わり合いも密ですので、企業の支援を得たsponsored trialも数多く行われています。そういった意味で、大学病院は非常にコラボしやすい環境であると言えます。
仕事
症例が特殊
改めて強調することではありませんが、大学病院の症例は特殊です。例えば手術室では、臓器移植や稀な疾患の手術など、術式自体が珍しいこともありますし、一般的な疾患に対する手術であっても併存疾患が難病であることが多々あります。そのような稀で特殊な病態に興味を持つ医師は、大学での勤務にこだわります。「特殊=難しい」ではありませんが、大学病院でしか経験できない症例があることも確かです。
また、common diseaseを素早く正確に対処することも大切ですが、不測の事態への対応や方針の修正、引き出しの多さに臨床医としての価値が存在する診療科も存在します。臨床医は肉体労働者ですので、evidenceよりもexperienceの方が目の前の患者にとっては是であることが少なくありません。その点、様々な症例の経験が得られるのことに魅力を感じ、大学病院に在籍する人がいます。
研究機関である
研究は、言わずと知れた大学病院の役割の一つです。臨床研究や基礎研究など、医師にも研究の遂行が奨励されていますし、科研費など大学病院でしか申請できない研究費もあります。症例が多くデータが蓄積されれば臨床研究が行いやすいですし、基礎研究に必要な設備が市中病院と比較して整っていることが多いです。前述のように、コラボレーションが容易であることも特徴です。
ただし、研究費を獲得しやすい反面、研究費がなければ恵まれた環境とはなりません。市中病院の中には学会や出張だけでなく、勉強会や参加費まで補助してくれる病院もあります。しかし、経営の厳しい大学病院でそこまで手厚い補助は稀です。その点では大学の方が厳しいかもしれません。
教育機関である
大学病院は「〇〇大学医学部附属病院」であるため、医学部の学生を教育する義務があります。スタッフであれば教員として医学生に講義を行いますし、医学生共用試験の試験官にも任命されます。医学生が「ポリクリ」と呼ばれる臨床実習のため実臨床の現場で勉強しますので、臨床業務と並行してベッドサイドで医学や病態について説明しなければなりません。つまり、大学では、若手医師だけでなく、医学生に対しても教育を行う義務があります。
臨床や研究以外の仕事が多い
大学に属した医師が、学会や製薬会社主催の講演、座長やシンポジスト、組織の委員、商業誌を含めた執筆活動を行なっていることがあります。もちろん中には実力や自己アピールによってそれらの仕事を勝ち取っている人もいます。しかし、このような仕事は権力のある大きな組織に集まるので、教授など大学の代表者に仕事の依頼がきて、それらが大学内で割り振られることが少なくありません。すなわち、大学病院に在籍していると、臨床や研究以外の「仕事」が多々降りかかってきます。
このような対外的な仕事を好む人と好まない人がいます。考え方によってはチャンスですし、自身の向上と宣伝のために仕事をする人もいます。しかし、当然、このような仕事が嫌いな人もいます。ただ、他人のため医学界のためであれば、気の進まない仕事でも求められるのが大学です。大学のこういった特徴も、人によって合う合わないがあるでしょう。
最後に
今回は、大学病院の特徴について書き連ねました。これらが嫌で大学から距離を置く人もいますし、これらが好きで自分の意志で在籍する人もいます。上記のいずれかが適任と判断されて、本人は望まずとも大学残留を指示されている人もいます。将来を見据え、期間限定と決めて在籍している人もいます。ほぼ全てのことに通じますが、実際に経験してみなければ本当の姿は見えません。大学病院というものに興味のある人は、参考にしてみてください。
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