留学のデメリット

これまで留学について色々と書き記してきましたが、留学には当然デメリットもあります。今回は、研究留学、大学院留学、臨床留学を全て別々に経験した筆者が、そのデメリットについて考えたいと思います。

目次

留学が成功するとは限らない

留学先の当たり外れ

まず初めに上げたいことは、留学先によって当たり外れ(合う合わない)があるということです。これは、研究留学、臨床留学、大学院留学、どれをとっても当てはまります。こんな研究がしたい、このような仕事を任されたい、ディスカッションに参加したい、このようなスキルを身に付けたい、など、留学に行く前の夢は膨らむばかりでしょう。しかし、いざ留学してみると、そのような理想通りにはならないことが多々あります。そして、先方が期待していることと自分の希望とのミスマッチや、上司との相性など、その原因が留学先と関係することが、実は往々にしてあります

私のこれまでの留学経験を考えても思い当たる節が多々ありますし、私の知り合いにも、留学先に恵まれず、才能があるにも関わらずこれといった業績を上げられず帰国した人が数多くいます。もちろん、本当に凄い人は、どこでもやっていけるし、チャンスを掴めるのだろうと思います。しかし、私を含め多くの「フツーの」人は、少なからず環境に左右され、留学先の当たり外れによってその後の人生が変わってしまうことだって、十分にあり得ます。

「成功者は留学経験あり」というフェイク

留学後に日本で活躍している人、SNSやブログで輝かしい業績や活動をアピールしている人など、普段の生活で留学経験者の活躍が嫌でも目に入ってきます。しかし、仮に彼らが順風満帆だったとしても(まずそんなことはありませんが)、それは留学と「成功」が強く関係していることを意味していません。なぜなら、留学中に大きな業績をあげられなかった数多くの人たちを見ていないからです。失敗した人の経験談は世間の目に触れにくいということは頭に入れておかなければなりません。

「留学=凄い」の時代は終わりました。しっかりとした留学先を選ばなければ、留学が大きな負の遺産となってしまいます。

金銭面

無給 or 薄給

留学の辛さは、何と言っても金銭面です。先人からのツテのある研究室(「医師の研究留学」参照)で初めから給料をもらえる場合や臨床留学を除けば、医師の留学の多くは無給から始まります。大学院留学では学費(ex. 米国大学院の学費は年500〜1000万円!)がかかりますし、研究留学であってもラボから給料が貰えるようになるのは数ヶ月から1年後といったところが相場でしょう。

無給で生活するというのは、想像以上に辛いものです。引越し・輸送費が勿体無いので最小限の荷物しか持って行けませんし、現地で購入する生活必需品も最小限。家賃、食費、光熱費だけでも日々貯金は減っていきます。(もちろん場所にもよりますが)子供の保育園だけで一日1万円、幼稚園や小学校に年間100万円近く平気でかかるところもあります。外食などは以ての外で、毎日自宅やお弁当で食費を削らなければなりません。

散髪代さえ馬鹿になりません。留学中は、子供達の髪は私が切り、私の髪は妻が切り、妻は髪を切らずに我慢していました。

駐在員との差

そしてまた辛いのが、周囲で見かける日本人の「駐在員」との生活レベルの違いです。日本の企業から海外に派遣されて生活している駐在員たちは、給料だけでなく、生活面でも多くのサポートを得ています。往復の航空券、引越し代金、住宅補助、場合によっては車の支給や子供の学費まで補助してくれる企業もあります。駐在員(のパートナー)たちは、子供が学校にいる間の平日の昼間にカフェでお茶することだって可能です。

そもそも貧乏な勤務医

留学するような医者は、そもそもお金より自己研磨という自己満足が目的である人が多く、日本にいる時より大してお金を稼いでいません。大学病院や市中病院の勤務医で、時給換算すると途轍もなく低い賃金でボロ雑巾のように働き、やっと溜まった貯金を留学中に少しずつ切り崩して生活しています。そのため、駐在員達の優雅な暮らしを横目に送らなければならない貧乏生活は、家族共々寒い心身に突き刺さります。

家族

パートナーのキャリアとメンタル

上記のように金銭面においても家族に多大な負担をかけますが、迷惑はそれだけではありません。パートナーが仕事をしている場合には、留学に際し仕事を辞めなければなりません。

夫が仕事で妻が家庭、という古典的な日本も変わりつつあり、共働き家庭も増えました。どちらが留学しようとも、留学期間中のパートナーのキャリアが傷つくことは、人によっては大きなデメリットになり得ます。また、キャリアなんて気にしない、というパートナーであっても、留学中は日本のように自由な生活ができる訳ではありません。金銭面においても安全面においても、海外では圧倒的に自宅内で過ごす時間が増えます。誰とも会話しない、または四六時中子供と時間を共にする、といったことで、精神的に不安定になってしまう人は少なくありません。

最近よく耳にするのは、その人個人は留学に興味があるものの、パートナーが海外生活を断固拒否するというケースです。パートナーの外交性や適応性といったキャラクターにもよりますし、住めば都で意外に楽しむ可能性はあるでしょう。しかし、留学中にパートナーがunhappyで、その後離婚したカップルや、留学後早々に帰国してしまった家庭もあります。無理強いは禁物です。

子供の教育

子供の教育も非常に大きな問題です。子供が英語も話せたら良いな、bilingualになれば将来役立つだろうな、というのは誰しもが考えることですが、いざその時(特に子供が小学生以降)になると、意外に悩ましいものです。

まず、日本の教育は学年的に少し進んでいることが多いです。すなわち、同じ算数であっても、日本の方が進んだカリキュラムとなっていることがあります。そのため、いわゆる学業が始まる小学校に編入する際(特にアメリカから日本への帰国時)、子供が学業について行けず、苦しい思いをする可能性があります。また、国語に関しては言わずもがな、日本語の複雑さは世界屈指です。ひらがな、カタカナ、漢字と3つも文字があり、ケースバイケースで使い分けなければなりません。帰国子女が最も苦しむことは、日本語の習得ではないでしょうか。

海外では良しとされる自己主張や自己アピールも、時に日本では嫌がられます。日本人の「雰囲気を感じる」「空気を読む」といった特技は、日本で育ち集団生活をしなければ培われません。他人の視線を感じず明るいキャラで周囲を巻き込めるようなポジティブな子供なら大丈夫でしょうが、ナイーブな子供は日本で苦しむかもしれません。

もちろん、留学開始時に英語が全く話せない状態で海外の学校に投げ込まれた際の、子供のストレスも半端ないと思います。しかし、そこは大人より適応力の高い子供ですので、何だかんだ慣れてしまうことが多いように思います。

日本でのキャリアとポジション

日本でのキャリア形成

基本的に、日本のキャリアは日本で構築するものです。日本において人と繋がり、日本で成果を出し、日本で認められることで、日本におけるキャリアが形成されます。そのため、留学中は日本でのキャリア形成は一旦停止となります。

特に大きな組織であればあるほど、伝統を重んじ、和を乱すような人を快く思わない人が多くなりますので、組織のために積み重ねた働き方が、その組織におけるポジショニングには重要となります。すなわち、留学によって日本のキャリアが傷つくことだってあり得ます。

帰国後のポジション

前述の通り、「留学=凄い」という時代は過ぎ去りました。留学を経験したから(しただけで)、帰国後日本で良いポジションが得られるといったことは、まずないでしょう。特に、留学中も日本では組織のために汗水垂らして働いている人がいます。幾ら日本が変わってきたと言っても、まだまだ年功序列や組織への貢献度で昇進を決めるケースが多々見られます。

もちろん、海外で活躍した人が、帰国後最初からそれなりのポジションで迎え入れられる人もいます。しかし、彼らは超エリートであって、留学経験者の中でも指折りの成功者です。前述の通り、留学者が全て成功する訳ではありませんので、帰国後の日本のポジションに苦慮する人も結構みられます。

医局派遣の留学者は、基本的に医局人事のため帰国後のポストについて(ポストの良し悪しは別にして)心配する必要がありません。しかし、医局と関係のない留学者は、自分で帰国後のポジションを探す必要があります。留学経験者だけあって、それなりの待遇を求めることが多く、時に就職活動は難航します。特に研究留学者は帰国後も研究を継続したいため、大学病院などでの上のポジションを求めます。しかし、そういった組織に限って年功序列や組織へのこれまでの貢献度を大切にしますので、なかなか思うようなポジションは得られません。

考え方の違い

留学に対する偏見

昨今、日本人の海外留学経験者は増えつつありますが、日本人の留学に対する理解は思ったほど深まっていません。悲しいことに「お前が好きで行ったんだろ」「忙しい臨床を俺らに押し付けてる間に、向こうで楽しんできたか」「長期休暇だったな」「帰ってきたら倍働けよ」なんて厳しい意見を聞くことだってあります。

改革への壁

それでも、少なからず日本と違う点、日本よりも優れている部分を肌で感じ、帰国後改革に乗り出す留学経験者も多いと思います。しかし、前述のような偏見に加え、日本人の日本愛は時に強く、「日本のやり方は素晴らしい」「日本には日本の風土にあったシステムがあるので口出し無用」とし、欧米帰りの日本人を「かぶれ」と敵視する人だっています。

また、日本人は組織内にある指揮系統の「上からの命令」は聞くものの、(海外のインテリ層が得意とするような)何らかの提案に対し立場関係なく議論し一緒に作り上げるというプロセスは、あまり得意ではないようです。これは留学から帰ってきた人がしばしば感じる事のようで、帰国後は意気揚々と改革に名乗りをあげるのですが、周囲の反対に遭い挫折し、やる気が削がれていく人をこれまで何人もみてきました。

おわりに

いかがでしたでしょうか。「留学なんてするもんじゃない」とは言いませんが、「留学とは楽しく充実し、自分や家族の人生に100%プラスに働くもの」ではありません。

このブログでは珍しくネガティブなことを書きましたが、留学を考えている人は、ある程度の心構えも必要です。そして、それを乗り越えて進んで行く人を、心の底から応援しています。

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コメント

コメント一覧 (10件)

  • 僕も子供らの髪を切ってますw
    財布もすっからかんになって、妻は白髪だらけになっても我慢してましたわ…

    • 本当に家族へは感謝と申し訳なさでいっぱいですよね。
      一生頭が上がらないなと思っています。

  • 最近ではJHSPHなど有名所も含めてオンライン大学院がありますが、そちらについてはどのように思われますでしょうか?

    • 私自身がオンラインの学位を経験したことがないので、意見しにくいですね。
      ただ、オンキャンパスで受けたMPHの授業で、絶対オンキャンパスでなくてはいけない授業は殆どありませんでした。人によっては、オンラインでもオンキャンパスに近いものを得られるのかもしれません。
      一方、オンキャンパスでは授業後の質問や、オフィスアワーといったTAへの質問など、授業やその他のわからない点を質問する時間が日々沢山設けられています(”https://mmbiostats.com/office_hour”を参照してください)。もちろんオンラインでも質問できると思いますが、外国人にとってはやはり面と向かっての方が質問を伝え易いのでは、と思っています。

      • お返事頂きありがとうございました。
        収入やこれまでの生活も大事ですが、やはり現地で得られるものも大きいのですね。参考にさせて頂きます。(ちなみに私は奥様と同じ病院で初期研修をして今は小児科医をしております。)

        木村先生の益々のご活躍をお祈り申し上げます。

  • 2020年3月に初期研修を終えて2021年9月から海外の大学院で基礎研究を行おうと思っている者です。年齢も30過ぎでありますが、後悔のないように挑戦しようと思います。
     学部時代に論文を書いておらず、海外の大学院にアプライするのに苦労しています。日本で取得したMDの資格は、論文を書いている一般的な理系修士と比較して少しは評価されるのでしょうか。やはりGPAと、研究実績がものを言うのでしょうか。なかなか似た進路の方がおられず情報を集めるのに苦慮しており、藁にも縋る思いで、このような場で質問させていただきました。
    お時間あるときにコメント頂ければ幸いです。

    • コメントありがとうございます。「大学院で基礎研究」とはどういうことでしょうか。大学院で学位を取りたいのでしょうか。それとも、基礎研究をするためにどこかのラボに属したいのでしょうか。

      もちろん実績も大事ですが、大学院であればPersonal statement(←ブログでも記事にしていますので参照してください)などが大事になってくると思います。ラボに属して研究をしたいのであれば、それなりの研究実績があった方がよいのではないでしょうか。

      私も初めての留学時、既に30歳は過ぎておりました(https://mmbiostats.com/usmle_switch)。頑張ってください。

      • 御返事ありがとうございます。
        返信できていなかったようで申し訳ありません。
        「大学院で基礎研究」とは、「基礎研究をするために海外の研究室に所属する」という意味です。その過程でゆくゆくはPhDを海外でとり、そのまま研究を海外で続けたいと思います。
        ただ、実績がないため現時点ではイギリスのmasterコースにまずは進もうと考えていますが、MD持ちながら海外でMasterから始める(日本では臨床講座に所属してそのままPhDとる方が多いので)というのは前例があまりないようで情報を集めていました。
        このサイトの情報もさらに活用し、目標を達成したいと思います。
        ご相談に乗っていただき誠にありがとうございました。励みになりました。

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