オハイオ研究留学

臨床研究留学の一日

研究留学といっても、基礎研究留学と臨床研究留学があります。私は後者でした。しかし、私の場合は一般的な臨床研究留学先とは少し趣の異なるラボに属しました。貴重な経験をしましたので、私が送った実際の日々と、当時感じたことを書き残したいと思います。

Sponsored trialに特化したラボ

企業が絡んだ臨床研究

通常の研究留学は、研究を主体的に行うことが主な任務だと思います。自分の研究、またはボスや仲間の研究を手伝い、ラボ全体が独自の新しい研究を行い、世界に発信するという目標を持っていることでしょう。

一方、私が属したラボは臨床研究を扱う部門でしたが、その主な任務は多施設研究に参加し、できるだけ多くの患者の同意を取ることでした。その多施設研究も、多くは製薬会社など企業が絡んでいる研究であり、sponsored trialと呼ばれる研究でした。

企業が研究計画書をもってくる

Sponsored trialでは、それぞれの企業がスポンサーとなって研究をサポートします。新規の薬剤であったり、売り出し中のモニターであったり、要するに利益相反ありの研究です。

近年、Randomize Controlled Trial (RCT)が臨床研究のメインになっており、多施設研究でRCTを行うことで高いエビデンスを生むことができます。企業も、RCTで良い結果を出せば、今後の売り上げ増加につながります。

そのため、企業の担当者は、研究を行って欲しい施設に研究計画書(プロトコール)を持ち込み、研究のプレゼンを行います。その施設で研究を施行することになれば、プロトコールの詳細がラボのメンバーに説明されます。

私も在籍中、何度もこのようなミーティングに同席しました。プロトコールの説明といっても、すでに倫理委員会を通過し、研究施設を集めている段階です。研究の是非や修正を狙うものではないため、研究計画そのものへのツッコミは殆どありません。当該施設で研究を施行するにあたってプロトコールに対する疑問をなくすためのミーティングでした。なぜなら、後述のように、私たちがその患者同意やデータ集めの主体になる訳ですから。

患者の同意がとれればお金が支払われる

研究で良い結果を出せば、今後の売り上げ増加につながります。そのため、企業は「金」を出して研究を推進しようとします。

例えば、患者の同意がとれて研究参加(inclusion)してもらうと、ラボにお金が支払われます。一同意あたり$100程度支払われる研究から、$1,000を超える研究も存在します。研究に参加する患者が集まりデータが増えると企業は嬉しいですし、患者の同意を取ればお金が入るためラボもhappyですので、win-winの関係になりますね。

そして、お金が支払われるのはラボだけではありません。(全ての研究ではありませんが)患者にもお金が支払われます。Social security numberなどを書類に記載することで、患者は正ルートで企業からお金をもらうことができます。

私が属していたラボで行われている研究の9割以上は、この”sponsored trial”と呼ばれるもので、臨床研究を用いたbusinessを行っているようなラボでした。

留学中の私の一日

では、私の一日をご紹介しましょう。

朝4時半起床

朝4時半に起床し、朝5時に出発。車で30分程度の病院に向かいます。なぜこんなに早いのでしょうか。

アメリカは朝が早く、夕方には皆さっさと家に帰るのが一般的です。手術はナント朝7:30からスタートします。そしてコストをできるだけ削減する国ですので、たとえ手術を受ける患者であっても当日入院です。

「朝7:30から手術が始まるのに当日入院??」と思われるでしょう。そうです。朝7:30から始まるのに当日入院です。患者と家族は朝6時頃に病院に来ます。オハイオという”ド田舎”で、一体彼らは何時に家を出ているんでしょうか。

患者が入院したら、看護師、外科医、麻酔科医が代わり代わりに病室(Pre-opeという手術前の前室)にそれぞれの説明のために出入りします。私たちの任務は、その合間を縫って患者に研究の説明を行い、同意をとらなければなりません。

このような理由から、看護師・外科医・麻酔科医がいない隙間に部屋に滑り込んで研究の同意をとる必要があり、患者の来院と同時に部屋の外でスタンバイする必要がありました。患者が来院する朝6時から手術室に向かう7:30までが勝負です。

研究の説明

当たり前ですが、英語で研究を説明しなければなりません。今も私の英語はダメですが、当時の私は酷いものでした。”will”や”finger”さえ発音できず、何度も同僚に直されるレベルでした。こんな英語で患者に説明できる訳ありませんよね。初めは同僚の後ろを金魚の糞のように付いて回って、業務をサポートしていました。

しかし、いつまでも負んぶに抱っこではいけません。ある日ついに、自分で説明しろと言われました。これはもう、本当にストレスフルでした。術前でナーバスになっている本物の患者に、英語を使って研究の説明なんて出来ません。

そこで私がとった戦略は、研究の説明を一度文書にし、それを丸暗記して患者に話すことでした。上司や同僚相手に繰り返し何度も練習し、発音を直してもらいました。

ある日、高齢の白人女性に研究の説明をしている時の事でした。丸暗記した文章を一気に喋り、最後に「What do you think?」と研究参加の意思を聞きました。そこで言われた一言は、

「あなたの英語、全くわからないわ」

でした。5分程度頑張ってひたすら喋り続けた結果、「何言ってるかわからない」と一言だけ言われたんです。すごすごと部屋から出てきたのを覚えています。

苦い思い出です。。

医療従事者に連絡、データ集め

同意が取得できたら、やることは沢山あります。同意書にサインをしてもらい、担当の看護師や外科医、麻酔科医に連絡します。広いアメリカ、大きな病院です。誰がどのような研究をしているのかなんて、皆いちいち把握していません。プロトコールを遵守してもらうよう、関係者に説明してまわらなければなりません。

そこまでやっても、まだまだ終わりではありません。ラボに帰ると、患者のデータ収集です。電子カルテから既往歴や内服歴、ラボデータや心電図の所見など、紙ファイルに書き写していき、一人の患者に一つのフォルダが出来上がります。

後に、このフォルダ内にあるデータをPCに打ち込む人がいます。こんなに大規模な臨床研究なのに、なんてアナログなんだと感じた瞬間でした。

手術中や術後のデータ収集もあります。作った該当患者のフォルダを持っていき、看護師や患者本人に聞いて必要項目を記載していきます。例えば、術後の吐き気(PONV)に効く薬のRCTでは、術後頻繁に患者のベッドサイドに行き吐き気のスケールで評価しなければなりませんでした。

空いた時間に自分の研究

もちろん、在籍中に自分の研究をしない訳ではありません。空いた時間を見つけ、自分の研究のプロトコールを作り、倫理委員会への提出書類を作成、実際の研究まで持って行ける人もいます。また、review articleを書く人だっています。

帰宅は早い

さすがアメリカ。午後5時になったら皆さっさと帰っていきます。朝6時に来て働いた人は、その分早く、午後3時に帰る人だっています。金曜日には午後3、4時頃に帰ってしまうため、道路は大渋滞です。

渡米直後は臨床医の性か、午後5時に家に帰ることに罪悪感を覚えてしまっていました。しかし、「遅くまで仕事場にいるということは、家族を大事にしていない」、「人のいないラボに一人残っていることは、備品を盗んでいるのではと疑われる」といった全く予期していない忠告を同僚から聞いて以来、私もさっさと帰るようになりました。遅くまで残っていることの方が悪なんですよね。

帰宅後は家族と時間

帰宅しても、まだ夕方6時です。次の日の朝まで家族と過ごせます。こんなこと、日本ではないですよね。夏には夜9時頃まで明るいため、帰宅後に夕食を食べ、その後子供と公園に遊びに行くことだって余裕でできます。月の1/3から半分程度は自宅に帰れない日本の臨床医に比べ、夢のような生活です。私の場合、留学の1年間で家族と過ごせなかった夜は、1日だけでした。

オンコール

ちなみに、オンコールも存在します。皆が帰宅した後、夜の患者のデータが必要な研究もありますし、急患を対象としたsponsored trialもあるからです。Inclusion criteriaを満たしている患者が来院した場合、ポケベルが鳴り呼び出されます。結構大変な仕事ですよね。

感じたこと

日本で臨床研究を行う際、患者への研究説明や同意の取得は医師が業務の合間に行うのが一般的です。私もそうしてきました。そして、留学中も同様の業務を担う事で、両国の違いを感じることができました。

それは、アメリカの方が研究同意を簡単にとりやすい、ということです。もちろんその理由の一つは、前述のような「お金」だと思います。倫理委員会を通っている研究であり明らかに害を被るわけではないため、参加するだけでお金をもらえるのはお得なのかもしれません。

しかし、個人的にはもっと大きな根本的な理由があるように思いました。それは、人々の研究に対する考え方の違いです。日本では患者のベッドサイドに寄り添い24時間365日いつでも駆けつけてくれる”臨床医”が理想の医師です。研究はどちらかといえば「実験台」と考える日本人が多いと思います。

一方、アメリカでは研究そのものに崇高な印象を持っている人が多いと感じます。おそらく育ってきた教育環境の違いと思いますが、研究は人類の発展のためにはなくてはならないもの、研究者というのは素晴らしい職業であると考えるアメリカ人が、(特にインテリ層で)多いようです。

実際、アメリカで研究の説明をしているとき、患者から「どこからきたの?」「何してるの?」と聞かれることが多かったのですが、

「日本から来た」と言えば「cool」と言われ、「アメリカには研究を学びに来た」と言えば、「Cooool!!!!」と返されることが一度や二度ではありませんでした。

彼らは、研究こそ、アメリカを支えてきた、そして世界をリードしている資本だと思っているんでしょう。

さいごに

日本では、臨床医が「1. 研究の立案、2. プロトコールの作成、3. 倫理委員会への提出書類の作成、4. 患者説明・同意取得、5. データ収集、6. 統計・解析、7. 論文作成」といった一連のプロセスを全て臨床業務の合間に行なっているのが一般的です。

一方、アメリカではそれぞれの仕事が細かく割り振られています。私たちがsponsored trialで担当したのは、4. 患者説明・同意取得と5. データ収集でした。効率を最優先にする国で、研究さえもビジネスにしてしまうアメリカの、ある意味典型を見たように思います。

また、前述のような結構大変な業務を日々こなさなければなりませんでした。しかし、留学中は無給でしたので、苦しい時間であったのは事実です。しかし、振り返ってみるとこのような経験から英語が少しは上達し、外国人に気後れすることも少なくなり、ハーバードやオーストラリアといった今後の道を開いてくれたと考えると、感謝の方が大きいように思います。

ABOUT ME
木村聡
福岡県の研修病院で初期研修修了後、大学に入局。米国オハイオ州に臨床研究で留学するも、知識の欠如を痛感。ハーバード公衆衛生大学院に進学し、MPHを取得。マサチューセッツ工科大学メンバーとの共同研究などに関与。 日本では麻酔・集中治療医として働き、オーストラリアでは小児集中治療を一から学び直しています。 乗り越える壁を見つけ続けることは、なかなか簡単ではありませんよね。アラフォー目前、様々な壁にぶち当たり、それなりに多くの経験をしてきました。私の挑戦や経験・知識、失敗談などが、他の誰かの刺激になり、役に立つことを切に願っています。 プロフィールをもっと詳しく見る

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