オハイオ研究留学

日本とアメリカの臨床研究体制の違い

「エビデンス」が医療界で唱えられて早数十年、臨床研究は益々盛んになってきております。私は幸い、米国オハイオ州立大学の臨床研究を主に行なっている研究室に配属されたことがあり、日米の臨床研究の違いを肌で感じることができました。

そこで今回は、世界の臨床研究を先導するアメリカと、それを追従しようとする(?)日本の、臨床研究に対する体制の違いに焦点を当てて解説していきたいと思います。

臨床研究の流れ

まず、単に「臨床研究」といっても、その仕事や内訳は多岐にわたっています。

以下は、臨床研究を行う際の一連の流れです。

  1. 日常業務で疑問に気付く
  2. 研究の立案、プロトコール作成
  3. 倫理委員会
  4. 患者説明・同意取得
  5. データ収集
  6. データシート入力
  7. 統計・解析
  8. 論文作成
  9. 臨床応用

このように、様々な仕事が組み合わさり、やっと一つの研究を完遂できることになります。では、アメリカと日本の間で、臨床研究に関してどのような体制の違いがあるのでしょうか。

アメリカの臨床研究

アメリカでは上記の仕事が分担されています。以下は、私が属した研究室の仕事の割り振りです。

研究の責任者は医師(M.D.)

研究責任者は医師であることが多く、それぞれの研究の責任者はprimary investigator (PI)と呼ばれます。一般的には、日常臨床で疑問点(clinical question)を見つけ研究の概要を考えた医師が、PIとなります。

アメリカのPIはその研究における「社長」のようなもので、あれこれ指示を出し研究全体をmanageするのが仕事であり、その他の細かな下働きは一切しません。しかし、それは彼らは研究についての知識がないと言っている訳ではありません。アメリカの臨床医は疫学や統計といった臨床研究の基礎知識をかなり持ち合わせてます

アメリカでは、undergraduate degree programで4年間勉強しBachelor’s degree(学士号)取得した後、medical schoolに入学します。そのため、医師になる以前より(「一般教養まで十分持ち合わせている!」とは言いませんが)研究に関する知識はある程度備えています。

また、医学校に入学するため、そしてレジデントとして採用されるためには、高い競争を勝ち抜かなければなりません。そして、その競争を勝ち抜くためには自らの履歴書(Curriculum vitae: CV)を良くする必要があります。そのため、医学生や医学校に入りたい学生は夏休みなどの休暇にボランティアとして研究室に出入りし、研究の手伝いをしています。

加えて、アメリカにはMD/MPHやMD/MBAといったdual degreeを提供している学校が多くあり、医学生時代よりMDと同時に公衆衛生学や経営学を学ぶ人が増えてきています。

以上のような背景により、アメリカの医師は日本の医師よりも研究に必要な知識を持っていることが多い印象があります。

ポスドクとフェローが研究の実働部隊

世界各国様々な医師が、アメリカで医師となるために自国を去り、アメリカ内の研究室で下働きをしています。彼らの目的は、レジデントになるための実績とコネ作りです。そのような研究室では、「ポスドク ≒ 外国人医師(International Medical Graduate: IMG)」のような構図が出来上がっています。

ポスドク(Postdoc)とフェロー(fellow)

私が在籍していた研究室では、ポスドクは研究室のために働くことが仕事であり、給料をもらいながら仕事をしていました。

一方、フェローの目的は業績をあげることであり、給料は発生しない代わりに、自分の好きな研究に時間を費やしてよいというスタンスでした。

ただし、実際の仕事内容の境界線は殆どありませんでしたが。。。

PIの思い描いている研究について、具体的な立案を行い、プロトコールを作成するのはポスドクやフェローの仕事です。発案者でありPIである医師のチェックを受けつつ、倫理委員会に提出するための必要書類を作成していきます。

ちなみに、いざ研究がスタートした際の患者説明・同意取得、データ収集、データシート入力も、基本的にポスドクとフェローの仕事です。仕事内容の詳細はこちらに記事にしていますので是非ご覧ください

ただし、データ収集やデータシートへの入力は時に学生が手伝ってくれます。前述の通り、学生は自らのCVの見栄えを良くするためにボランティアとして研究室に出入りします。夏休みや冬休みには、多くの学生で研究室が賑わいました。

リサーチコーディネーターが活躍

プロトコールさえ作成してしまえば、あとはリサーチコーディネーターが倫理委員会に提出する手助けをしてくれます。単施設研究であっても企業絡みの多施設研究であっても、その施設でどのように研究を進めていくかをコントロールするのはリサーチコーディネーターの仕事です。

日本では莫大な資料を医師が準備し倫理委員会に提出、細かな修正を行っていますが、アメリカではこれら事務仕事も全て彼らが行ってくれます。

リサーチコーディネーターは、研究室全体をコントロールできるため、そのポジション(地位)も高いものになります。給料も悪くないため、アメリカで医師になるために渡米したIMGであるポスドクが、途中でリサーチコーディネーターに進路を変更したという友人もいました。

統計・解析は専門家へ

研究室の多くは、特定の統計学者と契約しています。修士課程(master degree)や博士課程(PhD)修了者が、それぞれのラボで行なっている研究全体の、データ解析を行ってくれます。集積したデータを統計学者に渡し、PIとともに、どのような解析がしたいのか、どのような表や図を作って欲しいのかを伝えるだけで、数日後には全て揃えて持ってきてくれます。

論文執筆とauthorship

基本的には、論文もポスドクとフェローが執筆を担当します。そして、PIが添削するというスタンスです。

論文のauthorshipは様々です。ポスドクやフェローが執筆の中心であれば、彼らがfirst authorとなり、PIである医師はcorresponding authorやlast authorになります。

日本では、first authorを除いて年齢の若い順に名前を記載しているのをたまに見かけますが、それは世界的には一般的ではありません。通常、(corresponding authorとlast authorは除いて)前に名前がある方が研究への貢献度が高いとされます。

出版費用も研究室が負担

アメリカの研究室は、研究助成金(grant)を申請し、企業絡みのsponsored trial(←興味のある人はこちらをご覧ください)を行うことで、多額の運営資金を手に入れています。そのお金でリサーチコーディネータやポスドク、統計学者を雇っていますし、その研究室からの論文出版にかかる費用も、研究室が肩代わりしてくれることが多いです。

日本の臨床研究

一方、日本の臨床研究体制は、

基本的に医師が全て担当

日本では、伝統的に上記の臨床研究に関する仕事を全て、一人の臨床医(注:研究者ではありません)が日常業務の合間を縫って行なってきました。

1. まず日常臨床で疑問点(clinical question)を見つけ、関連する文献を読み漁ります。そして、過去の研究からは自分の疑問を解決できないと判断すれば、2. 研究を立案しプロトコールを作成します。もちろん、3. 倫理委員会に提出する膨大な書類も一人で作成します。4. 倫理委員会から承認されれば、研究を開始できますが、前向き研究であれば自分で患者に説明し毎回研究参加への同意をとらねばなりません。5. データを収集し患者一人一人のファイルに記載し、6. それらをまとめてパソコンのデータシートに記入します。7. 目標のサンプル数に達したら、データを解析用に処理し、統計学的な解析を行います。 その後、8. 論文を執筆し、場合によっては雑誌への投稿と論文修正を繰り返します。形になれば、世間の目に触れることになり、9. 臨床への還元となります。

すごいですね。海外に比べ格段に労働時間の多い日本の臨床医が、臨床業務の合間や夜間、土日を使い、プライベートでの時間を削って臨床研究を行なっています

仕事の欧米化に従い、日本も前述のようなアメリカ式臨床研究を真似ようとしてはいます。しかしながら、十分に浸透しているとは未だ言い難いのが実情です。

小規模な研究が多い

当然、個々の医師の負担が大きいだけでなく、臨床研究のレベルも担保されません。多くの日本人医師は疫学や統計学といった教育を受けてきていませんし、リサーチコーディネーターといった職種も最近ようやくみられる程度です。日本は、ポスドクやフェローといった移民をうまく「使う」アメリカのような国でもありません。結果、マンパワー不足から臨床研究において非常に重要なサンプル数も少なくなってしまいます。

日本人は意外に協力してくれません。組織内にある指揮系統の「上からの命令」は聞くものの、(アメリカのインテリ層が得意とするような)何らかの提案に対し立場関係なく議論し一緒に作り上げるというプロセスは、あまり得意ではないようです。

これは留学から帰ってきた人がしばしば感じる事のようで、帰国後は意気揚々と改革に名乗りをあげるのですが、周囲の反対に遭い挫折し、やる気が削がれていく人をこれまで何人もみてきました。

書類が細かい

私はアメリカやオーストラリアでも臨床研究を行ったことがあります(行っています)が、正直そこまで倫理委員会に提出する書類に時間を割いた覚えはありません。一つは、前述のようにアメリカの研究室はリサーチコーディネーターを雇っており、臨床研究に関する書類やプロセスに精通している彼らが大体のことはやってくれます。そして、研究そのものの妥当性には多くのディスカッションがなされますが、書類自体の不備はそんなに厳しくチェックされません。

一方、近年日本でも臨床研究が盛んになり、欧米のプロセスを真似ようとしていますが、どうしてもテンプレートに沿うことや書類の不備を無くすことに重点が置かれてしまっている印象があります。臨床研究室が存在する病院も増えてきましたが、書類としての訂正が主な仕事になってしまっており、研究としてのアドバイスを行なっている部署は少ないのではないでしょうか。

出版費用が自費?

これは施設にもよるでしょう。日本でも特に市中病院では、学会発表や論文に関する費用を補助してくれることも多いかと思います。しかし、このような費用は全て自費で支払わなければならない施設もあります。

例えば、集中治療系の雑誌として名高い“Critical Care”は、open accessで出版費用が$3,290です!補助がなければ、40万円近くをポケットマネーで支払わなければなりません。

「自費なんておかしいじゃないか」と思われる人もいらっしゃるでしょう。上記のような医師が費やす時間と労力を考えたらそうかもしれません。しかし、アメリカでなぜ金銭的な補助が可能なのでしょうか。それは、アメリカの研究室は、国や企業から莫大なお金を得ているからです(日本の補助金とは桁が1〜2つ違います)。そして、研究の実績を上げることで研究室の名が上がり、より人と金が集まるため、投資を惜しみません。

一方、日本にはそもそも、それぞれの科に属した臨床研究室なる部署もあまりありませんし、研究費もアメリカと比較すると桁違いに少ないのが実情です。このような状況で、科内の研究全てにお金を補助すること自体難しいことなんですね。

最後に

効率性を考えると、アメリカ式の方が良いのは明白にも思えます。しかし、

  • 国力・財政:研究助成金も日本とは桁違い
  • 教育システム:アメリカ人医師の殆どは最低限の研究に関する教育を受けてきている
  • 言語:英語は世界の第一言語
  • 移民の数とマンパワー:アメリカン・ドリームを夢見て世界各国から医師が集まる
  • ヒエラルキー:アメリカでは差別はあって当たり前。大規模臨床研究も移民による下働きの上に成立。
  • 人々の価値観:アメリカでは研究者の社会的地位が高い

などの違いから、アメリカ式の研究体制をそのまま日本に導入することは難しいでしょう。今後の日本の臨床研究の進むべき道を考えさせられます。

ABOUT ME
木村聡
福岡県の研修病院で初期研修修了後、大学に入局。米国オハイオ州に臨床研究で留学するも、知識の欠如を痛感。ハーバード公衆衛生大学院に進学し、MPHを取得。マサチューセッツ工科大学メンバーとの共同研究などに関与。 日本では麻酔・集中治療医として働き、オーストラリアでは小児集中治療を一から学び直しています。 乗り越える壁を見つけ続けることは、なかなか簡単ではありませんよね。アラフォー目前、様々な壁にぶち当たり、それなりに多くの経験をしてきました。私の挑戦や経験・知識、失敗談などが、他の誰かの刺激になり、役に立つことを切に願っています。 プロフィールをもっと詳しく見る

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