オーストラリア臨床留学

海外医師の生活と環境

海外の医師の働き方や医療現場は、日本と比べてどのような違いがあるのでしょうか。今回は、(アメリカで臨床研究者として医療現場を覗き)オーストラリアで臨床医として勤務した経験を生かし、オーストラリアを念頭に海外の臨床医の生活と医療現場の実態についてシェアしたいと思います。

オンオフがはっきりしている

アメリカにしてもオーストラリアにしても、仕事のオンオフがかなりはっきりしています。やる気のある人は残って仕事をしても良いわけではないですし、重症患者がいても患者を診る義理もなければ権利さえもありません

私が勤務しているRoyal Children’s Hospital (RCH)の集中治療室では12時間毎のシフト体制が採用されていますが、自分の勤務が終われば帰宅しなければなりません。勤務が終われば院内携帯も引き継がなければなりませんし、勤務が終了した医師には誰も仕事を頼みません。

RCHで臨床医として働いていたある日、引き継ぎ時に状態の悪い患者がいました。なかなか状況が改善せず、ずるずるとその場に残って患者を診ていました。日本では当たり前のことですし、むしろそうすることの方が良いことと捉えられます。しかし、これが思いもよらぬ結果を引き起こしました。

なんと、私が上司から注意されたのです。次の日も勤務がある私がその場に残ることは、次の日に影響が出る可能性を示唆してしまいます。たとえ「私は大丈夫だ」「明日には何の影響も残しません」と言い張ったところで、研究で「悪影響あり」と示され、法律で決められた以上、時間外に勝手に労働し居残ることは良いことでも自由なことでもなく、歴とした「悪」なんですね。

休みが多い

年半分は休み

オーストラリアの医師は、とにかく休みが多いです。例えばRCHの集中治療室で働くレジストラ(オーストラリアの医師階級についてはこちらを参照)は、一週間連続で勤務した後、一週間連続で休みになります。一ヶ月の中で二週間は休み、一年あれば半年は休みなんですね(←これとは別に年休が半年で二週間ありますので、年の半分以上は働いていないことになります)。日本の医師の生活を考えると、この勤務体制は本当に衝撃的です。

これは、オーストラリアでは、労働者の健康を守り翌日の勤務に影響がでないように労働環境について法律で細かく管理されており、違反した場合には雇用主に厳しい罰則が課せられますことも関係しています。

休みの使い方は自由

この有り余る休みをどう使うかは、人それぞれです。以下のように自己研鑽の時間に当てる人もいますし、家族と過ごす時間や旅行に当てても勿論構いません。オリエンテーション時に「休みを好きに使いなさい。遊ぶのも良し。勉強するのもよし。研究でもよし。やりたいことをがあれば、全力でサポートするので、有意義に使いなさい」と当科の有名プログラムディレクターが話していたことが今でも印象に残っています。

自己研鑽の時間が多い

Non-clinical week

オーストラリアでは、臨床医は臨床の現場以外でのスキルアップを大切にしています。レジストラは一週間の休みを自己研鑽のために使わなければなりませんが、フェローになると休みとは別に三週間毎に一週間の自己研鑽時間が与えられます。つまり、一週間臨床現場で働いた後、一週間はnon-clinical weekとして、自己研鑽するための時間が与えられ、それとは別に一週間の休みが与えられます。

自己研鑽というのは、自分の医師キャリアとしてのスキルアップと、他者のスキルアップに関与することなら何でも良いことになっています。つまり、集中治療室での臨床以外であれば何でもよいので、手術室で麻酔する人や、救急外来に出向く人、研究に時間を費やす人や、レクチャーのためのスライド作りに当てる人など、様々です。そして、驚くべきことに、これらの自己研鑽の時間に対し、現場で働いているのと同様の給料(時間給)が支払われます

ミーティングやレクチャーに参加すると給料が発生

ちなみに、RCHでは毎日のように教育セッションやミーティングが開催されていますが、これらは臨床勤務時間外の人も参加可能です。そして、勤務時間外の人が参加した場合には、その人にも給料が支払われます。すなわち、レクチャーやミーティングへの参加は、お金を払うものでもなく、無料でもなく、プラスで給料が発生するものということです。「医療従事者のレベルアップは患者のため」なんですね。

職種も多いし、人も多い

専門職の多さ

医療先進国の総合病院では、とても多くの職種の方々が勤務しています。例えばRCHでは、医師(medical doctor)や看護師(nurse)、臨床工学技士(technician)、栄養士(dietitian)、理学療法士(physiotherapist)、作業療法士(occupational therapist)、言語聴覚士(speech pathologist)といった日本でもよくみられるスタッフだけでなく、音楽で患者や家族を癒す音楽療法士(music therapist)、患者や家族の精神的サポートを行うchild life therapist、一緒に踊って歌って祈るspiritual carer、長期入院患者の教師(teacher)、medicareというオーストラリアの医療保険を持たない外国人専門の保険相談員など、あまり日本では聞き慣れない様々なスタッフが病院内で働いており、私が所属する集中治療室にも深く関与してくれています。

マンパワーの充実

また、このような職種の多彩さだけでも驚きですが、それぞれの職種のマンパワーの多さも特筆に値します。例えばRCHでは、ベッド数350床に対し、6000名以上のスタッフが働いています。計30床程度の集中治療室だけでも医師が40-50名、看護師は250名程度が所属していますし、薬剤師やソーシャルワーカーも集中治療室専属で存在します。

マンパワーが大きいと、同じ専門職であっても仕事内容に深みがでます。例えば、RCHでは

  • Closed-ICUとして集中治療部が独立して存在し管理できるようになり、完全シフト制を組むこともできます。集中治療部がRapid Response SystemといったICU以外の仕事も担っています。
  • 放射線科医が充実しているため、CTやMRIだけでなく、レントゲン検査全てに読影レポートが付いてきます。また、超音波検査は専門の検査技師が行いますが、その画像や動画を見て放射線科医が読影しレポートを書きます。
  • ソーシャルワーカーといった職種まで夜間休日対応の当番制でシフトを回しています。

チームとしての成果の向上

この職種の多さとマンパワーの充実さが示唆することは、臨床医がそれぞれの専門分野や得意分野に集中できるということです。患者は原疾患から派生した様々な問題点を入院中に抱えています。患者を全人的に包括的に診ることは古くより医師の大切なスタンスとして重要視されてきましたが、近年の問題点の多さと複雑性から、医師が全てを自ら対処することは能力的にも時間的にも難しくなってきています。そのため、医療先進国ではそれぞれの問題点に専門性を見出し、専門職を作り出し、多くの人材を送り込んでいます。そうすることで、医師もその得意分野に時間と労力を費やすことができ、チーム全体としてはより高い成果を発揮することができます。

コーヒーが多い

番外編ですが、オーストラリアはコーヒー文化です。驚くほど、皆コーヒーを飲んでいます。街ゆく人はコーヒーを片手に散歩をしていますし、道端そこら中にコーヒーショップやカフェが存在します。

病院内もその例外ではありません。RCHの院内だけでコーヒーショップが3店舗営業しており、従業員も患者家族も、事あるごとにコーヒーを飲んでいます。手術室では麻酔導入後にコーヒータイムがありますし、集中治療室でも回診の前や後にコーヒータイムが存在します。

極め付けは夜勤帯です。夜間は流石にコーヒーが飲まないのかと思いきや、夜は夜でコーヒーの移動店舗(van)がわざわざ病院前まで毎日訪れます。Van到着の知らせを受けた勤務中のスタッフは、ぞろぞろとvanを訪れ、列をなして真夜中にコーヒーを購入します。多くの場合は同僚の分を一緒に買うため、夜の1時にコーヒーを10個以上購入し、皆に配布し、こぞってカフェインを摂取しています。

まとめ

オーストラリアの臨床医の生活は日本と比べると非常に恵まれていますし、チーム全体としての成果もかなり高いと思います。

  • オンオフがはっきりしているため、翌日の勤務に疲れを残すことがありません。
  • 休みが多いため、プライベートや家族と過ごす時間が格段に増え、精神的に楽になります。
  • 臨床現場以外の自己研鑽に対し、時間と対価の両方が付与されるため、医師の知識やスキルはより高まります。
  • 院内に様々なスペシャリティーが存在しますので、専門外のことは彼らにお願いし、医師は自らの専門性に集中することで、チーム全体としての時間対効果は向上します。

一方で、このような医療システムを構築することは簡単ではありません。

  • それぞれの医師に臨床業務以外の時間(自己研鑽の時間や休み)を増やすためには、その仕事を担う専門職の母体数を増やさなければなりません。
  • 個人ではなくチームとしての成果を考えるのであれば、チーム内のそれぞれに特化した有資格の専門職種を増やす必要があります。
  • 臨床業務だけでなく自己研鑽の時間にも給料を支払うためには、病院全体の莫大な利益または国などからの金銭的サポートが必要になります。

日本と海外では文化も違いますし、日本が海外を全てを真似る必要はないでしょう。しかし、医療の進歩や複雑性、人々の価値観の変化を考えると、見習うべき点もあるのではないでしょうか。

ABOUT ME
木村聡
福岡県の研修病院で初期研修修了後、大学に入局。米国オハイオ州に臨床研究で留学するも、知識の欠如を痛感。ハーバード公衆衛生大学院に進学し、MPHを取得。マサチューセッツ工科大学メンバーとの共同研究などに関与。 日本では麻酔・集中治療医として働き、オーストラリアでは小児集中治療を一から学び直しています。 乗り越える壁を見つけ続けることは、なかなか簡単ではありませんよね。アラフォー目前、様々な壁にぶち当たり、それなりに多くの経験をしてきました。私の挑戦や経験・知識、失敗談などが、他の誰かの刺激になり、役に立つことを切に願っています。 プロフィールをもっと詳しく見る

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