RCHの臨床

留学前に専門医は必要か

留学を考えている医師にとって、日本で専門医を取得してから留学すべきか、それとも取得前に留学してしまうか、悩むことも多いのではないでしょうか。今回は、主に臨床留学における日本の専門医資格のメリット・デメリットを主に解説し、最後に少しだけ研究留学や大学院留学における専門医資格のメリット・デメリットについても考察しようと思います。

留学前に専門医資格を取った方が良い派

評価の高い日本の専門医

日本の専門医はある程度の「質」を担保しているものとして、海外でも認められています。と言いますのも、世界各国それぞれの国でトレーニングを終えた専門医であっても、米国や豪州の専門医と同等の知識や技術を持っているとは見なされない場合が結構存在します。その中では、日本の専門医資格はそれなりに海外でも一目置かれており、「専門医としてのトレーニングを修了した」信頼できる医師と判断されることが多いようです。そして、それが名実ともに、海外でも様々なアドバンテージとなります。

ポジションを得やすい

海外でも評価されている日本の専門医資格を持つことにより、海外でのポジションを得やすいことは大きなメリットの一つです。多少英語が下手であっても、日本人のキャラクターや仕事に対するポジティブな姿勢に加え、専門医資格があればそれなりの即戦力が期待できます。そのため、トレーニーである「レジデント(←米国式)」や「レジストラ(←豪州式)」だけでなく、サブスペシャリティを学ぶ「フェロー」といったポジションであっても、専門医資格があればポジション獲得にプラスに働く可能性があります。
この「ポジション」というのは、海外における専門医・指導医としてのポジションのことではありません。例えばオーストラリアでは、海外の専門医資格をオーストラリア国内での専門医資格へconversionする「specialist pathway」という方法が存在しますが、日本の専門医資格をconversionする(≒オーストラリア内の専門医と同等なものとして用いる)ことは(科によっては)容易なことではありません。
例えば、私が勤務していたRoyal Children’s Hospital (RCH)のPICUを例に考えてみます。オーストラリアでは専門医トレーングを受ける医師たちをレジストラを呼びますが、RCHのPICUは古くより専門医資格を有する外国人を、このレジストラとして数多く採用してきました。逆に言えば、それぞれの国でトレーニングを終わらせていないと、「レジストラ」というトレーニングのためのポジションであっても本部門では採用される可能性が低くなります。

日々の診療で信頼されやすい

役に立つのは「資格」という肩書きが役立つ採用時だけではありません。実際の日々の診療でも、専門医があると信頼されやすくなります。 大きな施設になればなるほど、一つの部門に数多くの医師が所属します。同じ科内の医師であっても、勤務を共にし実際の臨床を一緒に行う回数は、実は驚くほど少なくなります。そのため、顔や名前は知っていても、それぞれの医師がどの程度の実力を持ち合わせているのかを理解するにはかなりの期間が必要になります。しかし、海外の医師を積極的に採用するような施設では人の入れ替わりも激しく、医師が互いの臨床力を把握する前に去ってしまうことも珍しくありません。 こういった施設では、「ここに来る前に、お前の国でトレーニングは修了したのか?」という質問を受けることがよくあります。なぜなら、この単純な質問により、簡単にそれぞれの医師のレベルをある程度把握することができ、どこまで任せて良いかを判断できるからです。すなわち、「日本でトレーニングを修了し専門医資格を持っている」と言うだけで、信頼され任されることが多くなります。

日々のストレスが減る

英語がペラペラの日本人は少ないですよね。それは、臨床留学中の日本人医師であっても、例外ではありません。殆どの日本人は、多かれ少なかれ、日々の臨床生活で英語やコミュニケーションに苦しみます。 言語のビハインドにより、医療従事者間での口頭による情報収集能力は低下し、指示を的確かつ迅速に伝えることができないため、臨床現場でのパフォーマンスは予想以上に低下します。情報の伝達ミスは人の命に関わりますし、時間軸も大切ですので早急な対応を有する緊急時には、英語のハンデは致命的です。また、ディスカッションの際も、英語力の違いにより、多少間違った意見であっても押し通されてしまうことは多々あります。 そんなストレスフルな臨床生活において、周囲よりも秀でた「何か」を持っていることは、精神的にも大切な拠り所となります。日本の専門医はしっかりとしたトレーニングと試験をクリアしなければ取得できませんので、その資格があるということは、ある程度の知識や技術を兼ね添えているはずです。専門医、そしてその過程で得た自分の「売り」は、想像以上に日々のストレスを軽減してくれます

留学前に専門医資格は要らない派

留学が遅くなる

もちろん、専門医資格を取ることが100%留学にとってプラスに働く訳ではありません。専門医資格を取ってからの留学(を目指す)ことのデメリットの一つは、留学時期が遅くなることです。 日本の殆どの科の専門医は、ある程度のトレーニング期間と試験への合格が必要になります。そのため、専門医資格を有するのは早くても医師7〜8年目となり、そこから留学の準備、そして留学を実現させた頃には医師10年目を超えてしまいます。

ポジションを得にくくなる?

前述の「ポジションが得やすい」と真逆になってしまっていますが、施設やポジションによっては「卒後年数」というものが採用に関わってきます。 例えば、アメリカのレジデンシーでは、「卒後3年の壁」「卒後5年の壁」というものが囁かれており、医学部卒業後3年や5年が過ぎるとマッチングの可能性が低くなる、と言われています。この点、専門医取得による採用面でのメリットがある反面、専門医を取得するために卒後年数や年齢を重ねてしまうことで、周囲の気力と体力のある若者との競争に不利に働いてしまう可能性も否定できません。

トレーニングのやり直し

日本で専門医資格を有した上で、留学先のレジデントやレジストラといった専門医トレーニングのためのポジションで採用されるのであれば、少なからず「同じことの繰り返し」を経験することになります。 確かに、海外の有名施設では日本では経験できないような症例や教育システムが整っていることもありますし、そもそも海外の臨床を経験することに「無駄」ということはないでしょう。しかし、日本である程度しっかりとした教育を受け患者に接してきた専門医にとっては、この「繰り返し」に物足りなさを感じてしまうかもしれません。

番外編:研究留学と大学院留学

今回は、臨床留学における専門医資格のメリット・デメリットについて述べましたが、研究留学や大学院留学の際にも専門医資格取得のpros/consというものは存在するのでしょうか。 研究留学や大学院留学も経験した私の経験から申し上げますと、特に留学中に専門医資格があるからといって何か良い思いをしたという記憶はありません。医師免許と医学的知識(+ある程度の臨床経験)があれば、それだけで研究者と会話する際にもそれなりに鋭い視点でアドバイスを与えることが可能になり、研究という世界では十分役立ちます。一方で、専門医まで取得することがプラスαとして役立つかというと、そこまでの威力は発揮しないでしょう。 ただし、留学中の業務(研究)や勉学以外のことまで考えると、話は単純ではなくなってきます。と言いますのも、留学生活は金銭的に余裕がないことが多いので、留学中に一時帰国して生活費を稼ぐといった人も結構見受けられます。その場合、専門医がある場合には働き先が多く、その給料も高くなる傾向にあります。 また、留学生活を終え帰国した際にも、専門医資格は大切です。トレーニングを修了せずに留学した場合、臨床留学であれば留学中の症例をカウントし専門医申請に用いることができますが、その他の留学であれば留学中は医療行為をしていないため、留学中は無職とほぼ同等です(※学会によっては期限付きの救済措置はあります)。そのため、帰国後に周囲の若手に混じってトレーニングを再開、またはやり直さなければなりません。また、留学中に臨床医としての価値や実力は残念ながら下がってしまいますので、専門医資格の有無は帰国後の就職活動に影響を与えることも考えられます。

まとめ

今回は、留学を考えている医師が、日本で専門医資格を取得することのメリット・デメリットについて考察しました。あまり認知されていないかもしれませんが、留学とは大きな関係があります。答えのない世界ですが、悩まれている方は判断材料にしていただければ幸いです。
ABOUT ME
木村聡
福岡県の研修病院で初期研修修了後、大学に入局。米国オハイオ州に臨床研究で留学するも、知識の欠如を痛感。ハーバード公衆衛生大学院に進学し、MPHを取得。マサチューセッツ工科大学メンバーとの共同研究などに関与。 日本で麻酔・集中治療医として働いた後、オーストラリアで臨床留学も経験。 書籍『絶対あきらめない医学留学』著者。 乗り越える壁を見つけ続けることは、なかなか簡単ではありませんよね。アラフォー目前、様々な壁にぶち当たり、それなりに多くの経験をしてきました。私の挑戦や経験・知識、失敗談などが、他の誰かの刺激になり、役に立つことを切に願っています。 プロフィールをもっと詳しく見る

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