海外の電子カルテ

私が臨床医として働いた海外はオーストラリアだけですが、アメリカでも臨床研究などで電子カルテを使用してきました。そして、偶然ですが、オハイオ留学時代、ボストン留学時代、オーストラリア留学時代と、全て同じ電子カルテが採用されていました。

この電子カルテが世界中の殆どの病院で使われている訳ではありません。実際、オーストラリアのRoyal Children’s Hospital (RCH)が、オーストラリアでその電子カルテを採用した初めての病院だったようです。

日本で10年以上、10以上の病院で電子カルテを扱ってきた筆者が、海外の電子カルテに触れ、多くのメリットを感じることができました。そこで今回は、今後の日本の発展を祈り、使用経験者としてそのメリットと感想をシェアしたいと思います。

目次

遠隔操作・データ収集

今回の記事「海外のカルテ:Part 1」で挙げる中で最初にして最大のメリットは、病院外からでもカルテを参照・操作できることでしょう。プライベートPCであっても、セキュリティをクリアし刻々と自動的に変更されるパスワードを使用することで、病院内外どこからでも電子カルテを開くことができます。

日本では、麻酔の術前診察やICU当番の前日など、翌日担当する患者情報を把握しなければならない際、カルテを見るために病院まで出向かなけれなりませんでした。祝日であろうと、外勤先からの帰宅が夜の10時を過ぎようと、患者の就寝時間が過ぎてようと、情報収集のためには一度は病院に行かなければなりませんでした。もちろん、患者と直接会話し診察しなければならない状況もありますが、次の勤務のための情報収集だけであればカルテ閲覧だけで事は済みます。

また、臨床研究データを収集するためにも、病院に行きカルテを開かなければなりませんでした。休日に病院に閉じこもり、朝から晩までひたすら電子カルテからデータを引き出す、といった経験のある臨床研究者の方も多いのではないでしょうか。

一方、私が経験した全ての留学先で、電子カルテは自宅からも閲覧・編集可能でした。カルテ記載内容、検査値、レントゲンなど、全ての情報はどこからでもアクセス可能です。当然、臨床を行う上でも膨大な時間が節約できますし、研究に関するデータ収集も自宅から行うことができますので家族と過ごせる時間も増えます。

オーダー

持続投与薬

持続静注薬をオーダーする際、皆さんはどのようにオーダーしていますか?日本では、私は自分で用量(mgやmcgなどのdose)と容量(mlなどのtotal volume)、患者の体重から希釈方法を計算し、薬剤と溶媒の名前と量をそれぞれ打ち込みオーダーしていました。ミスを減らすために希釈方法を統一する施設もありましたが、それでもオーダーする際には決められた希釈方法を自分で打ち込みオーダーしなければなりませんでした。

しかし、RCHの電子カルテでは、体重換算で自動計算された薬剤と希釈のオーダーをクリック一つで行うことができます。例えばアドレナリンの持続投与をオーダーする際、”adrenaline”と打ち込むと患者体重を元に自動的に計算された施設の希釈方法が提示されます。そのまま”accept”をクリックすると、文字通り一瞬でオーダーできます。もちろん、体重や希釈の変更(ex. 倍濃度)、溶媒の変更(ex. 生食→ブドウ糖)といったカスタマイズも簡単に行うことが可能で、その希釈で「1 ml/h = ◯◯ mcg/kg/min」かといったことも、自動的に表示されます。

日本のシリンジポンプの多くは、レミフェンタニルやプロポフォールといった一部の薬剤を除き、「ml/h」表示しかできないポンプを使うことが多いのではないでしょうか。RCHではほぼ全てのシリンジポンプが、薬剤名とともに(「ml/h」ではなく)「mcg/kg/min」や「mg/kg/h」で表示されています。そのため、ベッドサイドで患者の体重と希釈方法から投与量を毎回計算する必要がなく、薬剤とその投与速度は一目瞭然です。

内服薬

内服薬のオーダーも、とても簡単です。小児では体重換算で計算して処方しなければなりませんが、日本では本やガイドラインを参照して投与量を数字として打ち込まなければなりませんでした。しかし、RCHのオーダリングシステムでは、候補となる投与量が幾つか提示され、それらをクリックするだけです。もちろん数字を変更することもできますが、初めから候補が提示されてクリックするだけなのか、体重から計算した投与量を打ち込むのかでは、意外に所用時間に大きな差が生まれます。

大した差ではないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、塵も積もれば山となります。

クリックするだけのオーダーでは3秒で済む処方が、体重を参照して自分で計算して数字を打ち込むと、10秒程度かかってしまいます。一日20処方行うだけでも、年間で(10 – 3) * 20 * 365 ≒ 14時間も節約できます。

日々忙しい臨床医にとって、このようなちょっとした差が、意外に効いてくるんですよね。

ちなみに、体重換算で選ぶと体格の大きな小児では成人量を超えることもあります。また、薬剤によってはある特定の投与方法が適さないケースもあります。そのような場合、日本では医師がオーダーしたのちに薬剤師から確認の電話があり、ミスを防ぐような体制になっていることが多いのではないでしょうか。オーストラリアでも薬剤師が常に目を光らせていますが、そもそも「普通でない」処方に関してはオーダー時に警告メッセージが表示されるようになっています。

血中濃度

バンコマイシンやゲンタマイシンなど、薬剤の血中濃度を測定しなければならないことは日常診療でよくあることです。これも、日本では個々の医師が次の採血日を「忘れずに」オーダーしなければなりません。

これに関しても、RCHの採用している電子カルテでは、血中濃度の測定が必要な薬剤をオーダーする際には、自動的に血中濃度測定オーダーもスクリーンに表示されます。そのため、誰かが努力してオーダーすることを覚えていなくとも、電子カルテが自動的にリマインドしてくれる、というわけです。

インターフェース

感染症関連

集中治療室では、常に感染症との戦いと言っても過言ではありません。しかし、個々の患者の感染症に関するデータを集めるには、大きな労力が必要です。

  • どの抗生剤をいつからどの位の投与量でいつまで投与され、いつから何という抗生剤に変更されているのか。
  • 熱型はどのように推移していて、抗生剤のタイミングとどのような関連がみられるのか。
  • 日々の白血球やプロカルシトニンといった値はどう推移しているのか。
  • いつどの部位から培養検査を提出し、どのような結果だったのか。

といった情報をカルテから引っ張り出してまとめるのは、非常に時間がかかります。使いにくいカルテであれば、それらの情報が驚くほどバラバラに存在し、かつ時間を遡るたびに画面が数秒間フリーズしますので、一人の患者の「感染症」というたった一つの問題点を把握するだけで数十分かかることもあるでしょう。

この点に関しても、こちらのカルテでは「fever」というタブをクリックするだけで、以上の情報が全て一画面に表示されます。数十分から数時間かかった労力が、文字通り一瞬で終わります。

体液バランス

新生児や小児の心疾患患者では、特に日々のインアウトバランスが気になります。毎時どのくらいの輸液をして、尿量やドレーンからどのくらい排液があるのか、常に気を使わなければなりません。

日本のカルテでもそのような重要な情報は標準装備されていることが多いですが、関係のない多くの情報と一括して表示されるため動作が鈍く、時間軸や設定を変更する度に表示に時間がかかってしまいます。

一方、RCHのカルテでは、「fluid balance」というタブをクリックすると、毎時の輸液・輸血・薬剤・希釈液・ミルク・各ドレーン・尿量など、必要な情報のみを一目で素早く確認することができます。

カルテ記載

新規患者の基本的な経過を把握しようと思った際、カルテをめくれどめくれど全く経過がわからない、なんてこと、ありませんか?始めに簡単な経過やプロブレムリストを書いてからカルテを書き始める、ちゃんとした医学教育を受けた医師もいますが、当日の変化しか書き残さない医師も数多くいます(オーストラリアやアメリカにも、そのような医師は勿論存在します)。そういった医師が担当している患者の経過や問題点を把握するのには、結構時間がかかりますよね。

こちらで採用されているカルテでは、患者の経過や重要な情報、プロブレムリストを打ち込む欄があり、そこに書き込まれた情報は全て引き継ぎ用紙や回診用のカルテに自動記載されます。すなわち、医師のカルテ記載能力に関わらず、大切な情報は自動的にカルテに転載される、ということです。直近のカルテを一つ読むだけで、患者の経過や問題点の大筋は理解できるようになっています。

このようなマイナーチェンジのためには、特別な機能も難しいプログラミングも不要ですし、誰でも思いつくことだと思います。そんな些細なことですが、意外と痒い所に手が届く日本の電子カルテは少ないのではないでしょうか。

まとめ

易操作性や医療ミスの予防、医療従事者の負担軽減は、電子カルテに求められている重要課題だと思います。そしてそれらの点では、海外で使用されているカルテは非常に優れていると感じています。

もちろん、メリットだけではありません。このような利便性を追求することによって、人間が「怠け者」になる可能性は十分にあります。例えば、薬剤の希釈やガンマ計算を計算機一つですぐに計算できる人は、オーストラリアで働く医師にはあまりいないのではないでしょうか。

一方で、時間の節約という点では、このような優れた電子カルテシステムは臨床医・臨床研究者にとって大きな助けとなりますし、使いにくい電子カルテは日々の業務の足を大きく引っ張ります。日々節約できるはずの何気ない数秒〜数分の積み重ねが、ただでさえ雑務の多い日本の医師の負担を無意識に増やしています。

日本の電子カルテ業界は、日本語という特殊な言語を扱う小さなマーケットのため、電子カルテを扱う企業が参入したがらないのかもしれません。しかし、英語という世界の第一言語をターゲットとした電子カルテは、競争も激しいだけあって一歩先を歩んでいる印象を受けます。日本の電子カルテ業界も、是非とも頑張っていただきたいと思います(共同開発に興味がある方、こちらからご連絡ください)。

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