血管輪の周術期管理

以下、血管輪(Vascular ringの周術期管理について、麻酔科医・集中治療医が把握すべき事項について解説します。

目次

解剖・分類

発生学上、胎生期には6対の鰓弓動脈があり、正常では左第4鰓弓動脈が大動脈弓となる。通常は大動脈弓に関与しない右第4鰓弓動脈が残存することで”輪(ring)“が形成され、食道や気管を圧迫、狭窄させる1)

症状は、血管輪の部位や解剖、狭窄の程度によって様々であるが、その後の管理・方針の違いによって以下のようなカテゴリー分けが提唱されている2)

Complete vascular rings

1. Double aortic arch(重複大動脈)

2. Right aortic arch (右側大動脈弓)with left ligamentum arteriosum (左動脈管索)

Partial vascular rings

3. Innominate artery compression of the trachea(無名動脈による気管圧迫)

4. Pulmonary artery sling (PA sling)(左肺動脈起始異常)

5. Left aortic arch, aberrant right subclavian artery

1. Double and 2. right aortic arches

右第4鰓弓動脈が残存し、食道と気管の周囲を取り囲むように輪を形成する。

Double aortic archは、左右どちらが大きい(dominant)のか、それとも同じサイズ(balanced)なのかに分けられる。

Right aortic arch三分の一は、正常の(左側)大動脈弓の鏡像のような形であり、左鎖骨下動脈は大動脈弓の最初の分枝である腕頭動脈の枝である1)三分の二は大動脈弓の最後の枝として分枝し、食道の裏を通って右から左上肢へ向かう1)。この場合、左鎖骨下動脈起始部がKommerell’s diverticulumと呼ばれ拡張することがあり、手術による切除が必要となる。

大動脈縮窄との合併は稀だが、10%で心内病変を合併することがある3)

3. Innominate artery compression of the trachea

厳密には「輪」は形成しておらず、無名動脈が気管を圧迫している状態である。成長とともに無名動脈が移動することで、気管への圧迫が軽減することがある1)。先天性心疾患や食道閉鎖、気管食道瘻を合併することもある1)

4. Pulmonary artery sling

Pulmonary artery sling (PA sling)では、左肺動脈が右肺動脈後面から起始し、気管と食道の間を走行することで、気管や気管支を圧迫する1)

病態生理

1. Double aortic archと2. right aortic archによる血管輪

多くは、生後数年以内に気管圧迫による呼吸器症状(stridor、反復呼吸器感染、犬吠様咳嗽、無呼吸など)を呈する。食道の圧迫が初期症状となることは少ない1)。食道の機能低下は逆流・誤嚥を引き起こし、呼吸器症状を悪化させる。気管軟化症へ進展と関連する1)

3. Innominate artery compression of the trachea

気管の局所的な圧迫や局所的な気管軟化症により、stridorや気道狭窄音などを認めるが、50%以上の狭窄になるまでは症状を呈さない1)

4. Pulmonary artery sling

生後数ヶ月は症状を呈さないことが多い。一般的には、半年頃より呼吸器感染症や気道狭窄による呼吸仕事量の増加を認め、反復性や感染症の治癒が遅いといった特徴がある1)

方針

1. Double aortic archと2. right aortic archによる血管輪

通常は左側開胸で修復術を行うが、心内病変などがあれば正中切開が選択される。基本的には血管輪を離断(Double aortic archであれば小さい方の動脈弓を切離)し、必要に応じてligamentum arteriosum (動脈管索)やその他の線維組織も切断する1)

3. Innominate artery compression of the trachea

有意な症状がない限り、外科的治療は選択されない。

手術は左(右)側開胸で行う。無名動脈と大動脈を胸骨に固定(aortopexy)する方法や、無名動脈起始部を変更(reimplantation)する方法がある1)

4. Pulmonary artery sling

通常、胸骨正中切開で人工心肺下に手術が施行される。左肺動脈を右肺動脈から切り離し、正常のように主肺動脈から分岐する形にする。また、気管も切断、狭窄部分を切除、再形成を行う1)。狭窄部分が長い場合は、パッチを用いる再建術や”slide tracheoplasty”といった方法がとられる1)

術前チェック項目

術前の要点としては

  • 反復呼吸器感染症の既往:酸素化不良や術後の人工呼吸離脱困難の予測
  • 平静時の呼吸数・啼泣によるSpO2やチアノーゼの有無:慢性呼吸器感染による肺機能の予測
  • 血管輪による気管の圧迫:挿管困難、挿管後のPEEPの必要性
  • 血管輪による血管の圧迫:血圧モニターの部位
  • その他の血管のvariant、心奇形

周術期管理

術前・術中・術後管理

術中血管をクランプすることがあるため、圧モニターのための動脈圧ラインの挿入部位や、NIRSといったその他もモニタリングの必要性について外科医と相談しておく。例えば、Innominate artery compression of the tracheaで無名動脈の起始部を変更する手術であれば、左橈骨動脈が選択される。

経食道心エコーが必要な場合は、プローブ挿入によって血管輪の中にある気管が圧迫され気管狭窄を生じる可能性があるため、注意を要する。

Single lumenの挿管チューブで十分のことが多いが、外科的視野の確保という観点からは片肺換気が望ましい場合もある。狭窄部位による気道抵抗が大きいため、挿管チューブの内径は可能な限り大きく、できればカフ付きの方が換気の調節がしやすい

挿管後は気管支鏡で気管内を確認し、血管輪による圧迫部位を確認し、解除前のコントロールとして把握しておく。

PA slingでslide tracheoplastyを施行した場合は、挿管チューブの位置が変わることがあるため、ICUに帰る前にもう一度位置をチェックする。

Double aortic archとright aortic archやInnominate artery compression of the tracheaの外科的手技自体は早期抜管の適応ではあるが、術前の肺機能が悪いこともあるので、個々の症例で慎重に判断する。

一方、PA slingでは、気管吻合部の術後腫脹のため気道が一時的に狭くなるため、早期抜管の適応ではない。気管支鏡の所見などで慎重に判断する。

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References

  1. Anesthesia for Congenital Heart Disease, 3rd Edition. Dean B. Andropoulos et al.
  2. Backer CL et al. Ann Thorac Surg 2000;69:S308–18.
  3. Chun K et al. Ann Thorac Surg 1992;53:597–603
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