臨床研究のすゝめ

今回は、「臨床研究のすゝめ」と題しまして、臨床研究に必要なプロセス、特にその成否に関わる研究計画を立てる前段階について述べたいと思います。私よりも立派な研究をされている方々が数多くいる中で、このような内容を偉そうに記すことはあまり気が進みませんが、少しでも役に立つ人がいるかもしれないと思い、私なりの方法を書き留めたシェアしたいと思います。

目次

基礎研究と臨床研究の違い

そもそも臨床研究は、基礎研究と異なる点が数多くあります。まず、基礎研究では「真実」を追求し、ある現象の原因や機序を解明するという探究心・好奇心が動機となることが多いですが、臨床研究では臨床現場での疑問や葛藤が研究開始のモチベーションとなります。臨床研究において臨床医の必要性が強調される所以ですね。

基礎研究では、人や動物由来の試料を培養・染色、遠心分離などの技術を用いて実験する必要があるため、専用の特殊な設備が必要となります。大学や専門施設にしかない設備であることも多く、分野によっては日本よりも海外の方が恵まれた設備環境であることも少なくありません。一方で、臨床研究は実際の患者データや患者由来の検体を用いるため、基礎研究ほどの設備は必要ありません。研究対象となる患者さえいれば、市中病院やクリニックなど、どこに勤めていても遂行可能です。

「真実」を追求する基礎研究は、実験の正確性や再現性が大切です。動物はそれぞれ遺伝的に同一個体であると仮定され、少ない検体での解析が可能になります。一方、臨床研究の対象となる患者はそれぞれ異なる個体であるため、個人ではなく全体としての効果や影響を推測することになり、時に複雑な手法を用いた解析が必要になります。

基礎研究は、その結果やメッセージが直感的にわかるような結果であることが大事であり、つまらない論文や「差のない」論文は不要であり雑誌にアクセプトされません。しかし、臨床研究は臨床現場における医師の疑問が研究の出発点となっているため、疫学・統計学的に妥当な研究である限り結果がネガティブであっても報告に値します。

臨床研究の成否を担う研究前のプロセス

臨床研究は以下のようなプロセスに分けられますが、その中でも研究前のプロセスが最も重要です。具体的には、1) 日常業務で疑問に気付く、2) 研究の立案・プロトコール作成、3) 計画を立てる、です。

詳細をみていきましょう。

臨床的疑問(Clinical Question)をもつ

臨床研究の研究動機は臨床現場で生まれます。直に患者を診て悩み、「正解」を考える努力をしていると、自然と疑問が生まれます。どうしたら患者が治るのか、この治療は本当に効くのか、いつ介入すべきなのか、疑問は尽きません。これこそが臨床研究における臨床医の存在意義です。刻々と変化する現場での感覚を研ぎ澄ます必要があり、日々を漫然と過ごしてはなりません。

特に同じ環境で働き続けると、徐々に「慣れ」が生じます。「慣れ」は疑問の敵であり、臨床的な疑問(Clinical Question: CQ)を持ちにくくなります。その点、勤務地や勤務施設の変更は臨床的疑問を持つ大きな機会となりえます。自分の常識は他人の非常識。それまで自分が漫然とやっていたことや自分ではやらなかったことなど、環境を変えると見えてくる世界があります。これこそ、臨床医としてだけでなく、研究者としても成長するチャンスです。

また、巷に溢れているマニュアル本には、真偽の怪しいことが当然のように書かれていることが少なからずあります。マニュアルにはマニュアルの良さがありますが、有用な臨床的疑問を抱くためには、批判的に捉える力も必要になります。

論文を読む

Scanning

臨床的疑問(CQ)を見つけたら、次はそれが研究テーマになるか否かを見極めていきます。注意したいのは、多くの臨床医が抱く臨床的疑問の多くは、既に研究テーマとなり世界中で調べられています。一方で、皆が信じて疑わないことやマニュアル本に書いてあるようなことが、実は嘘であったりまだ調べられていない事のことは多くあります。自分の臨床的疑問が研究テーマになりそうか否か判断するため、まずはPubMedを用いてザッとscanningします。

MeSH termを使う

例えば、小児の術後嘔吐について調べたいとします。PubMedの検索画面でpostoperative, vomitting, childと打ち込むと下図のように2,807本の論文がヒットしました。この数の論文をサラッと読むことはできませんよね。

しかも、PubMedの検索方法は特殊です。Googleといった検索エンジンは、独自のアルゴリズムを元に検索者にとって重要と考えられるページを優先的に上位に表示します。しかし、PubMedでは下スライドのようなqueryを自動で作成し、それにヒットした論文を全て表示します。その表示順は「重要性」ではありません

そこで、Medical Subject Headings (MeSH)を使いましょう。MeSHとは、Medline / PubMed内に掲載されている論文の内容を表すために使われる用語のことです。分野毎の専門家が論文を読み、それぞれに適したMeSH termsを選択します。MeSH termsを用いることで、著者によって使われた単語に関わらず、ある特定のトピックについての論文を検索できます。

例えば、小児心臓麻酔術後のカルシウム濃度と予後との関連を調べた私の研究を例にしますと、Calcium, Cardiac Surgical Procedures, Infant, Postoperative ComplicationsといったMeSH termsが設定されていますね。もちろんこのMeSH termsは私が設定したものでも、推奨したものでもありません。それぞれの専門家が私の論文を読んで、選んでくれたのです。

使い方ですが、まずはPubmedのホームページの一番下にある”MeSH”をクリックします。

検索画面にキーワードを入力し、該当するMeSH termを探します。例では、postoperative Nausea and VomitingというMeSH termがありますので、そのMeSH termを"で囲み、後に[MeSH]と記載します。今回はSearch Builderに"postoperative Nausea and Vomiting"[Mesh]と入力されています。

同様に”小児”についてもMeSH termを用いて"Pediatrics"[MeSH]と入力し、ANDで繋げると、21本まで論文数を絞ることができました。最初が2,807本でしたので、随分と絞られましたね。

MeSH termsを用いた検索方法の注意点は、重要な論文を除外してしまう可能性があることです。例えば、アクセプトされたばかりの新しい論文は、MeSH termが設定されていないことがあります。また、医学用語でない単語や特殊な単語は、該当するMeSH termが存在しないことがあります。

Titleとabstractで検索する

重要な論文を除外せず、もう少し対象を広げる方法として、titleとabstract内で検索する方法があります。検索したい単語に[tiab]をつけるだけです。先ほどは、PediatricsというMeSH termを用いましたが、これを"children"[tiab]とすることでchildrenがtitleまたはabstract内に存在する論文を含めるようにしました。すると、今回は516本の論文がヒットしました。

Introductionやdiscussionを読む

自分が目をつけたトピックについて大まかに知るためには、論文のintroductionが有用です。通常、introductionには、その研究テーマについての歴史的な議論や主要な論文の紹介、明らかになっている事と不明な事を、端的に書いてくれています。また、discussionでは自身の研究結果を過去の論文と比較して考察することが多いため、discussionを読むことでトピックについての議論をより深く知ることができます。

当然、古い論文ではそれまでの歴史や議論しか書かれてないため、できる限り新しい論文のintroductionとdiscussionを読むことが大事です。

深く読み込む

研究として成り立ちそう(まだ決定ではありません)であれば、次のステップ「深く読み込む」に進みます。まず、scanningとは異なり、関連する論文の今度は取りこぼしのないよう検索します。

ヒットした論文全てのtitleとabstractを読みます(数百本くらいであれば頑張りましょう)。その中で「これは自分の研究テーマに近い」「論文のテーマは違っても自分の臨床的疑問を解決するヒントになりそう」といった論文については、今度は深く読み込んでいきます。ただし、漫然と読むのではなく、何が調べられていて何がわかっていないのか、過去の研究のlimitationをもとに自分はどこを改善した研究計画を立てればいいのか、考えながら読み進めます。それにより、研究デザインは必要なデータは自ずと決まってきます。

また、読んでいる論文が引用している参考文献もチェックします。もしこの参考文献が自身の検索にもヒットしていれば問題ないですが、自身の検索でヒットしない論文が多数引用されているのであれば、おそらく検索の手法に問題があります。検索方法を見直しましょう。

繰り返しますが、多くの臨床的疑問は既に研究テーマとなり世界中でかなり調べられています。無駄な研究にしないためにも、研究を始める前にしっかりと過去の論文を読みましょう。

まとめる

読んだ論文は、エクセルなどでまとめることをお勧めします。それぞれの研究のタイトル、PMID、発表年、研究デザイン、患者背景、サンプル数、データの種類、用語の定義、解析方法、結果、コメントなど、後に振り返って一目でわかるようにまとめていきます。前述の方法でもれなく関連論文を全てピックアップできていれば、このシートはとても価値があります。研究を論文化する際のIntroductionやDiscussionも、これ一枚あれば書けるようになります。

前述の通り、臨床研究とは臨床現場の疑問(CQ)を解決するための研究です。そして、その多くは予測モデルを作る(prediction)のではなく、因果推論(causal inference)が目的(※予測モデルと因果推論の違いについては『因果推論とDirected Acyclic Graphs』参照)です。すなわち、ある暴露因子が予後に与える影響を知りたい、患者を治すための介入を知りたいのです。その目的において必要なことは、臨床現場のアクションを理解し、過去の文献を読み、DAGを描き、必要なデータのみを収集することです。不必要なデータの収集は時間の無駄になるだけでなく、偽陽性によるp-hacking(たまたま出た有意差を基に研究を計画する)の恐れ(『Pairwise Comparisons』参照) があり、避けなければなりません。

計画を立てる

自身の臨床的疑問が研究として実現可能性があると判断して初めて、研究計画を立てましょう。CQを明確にし、収集すべきデータを選択します。過去の研究計画の見習うべきところは見習いましょう。研究計画段階で、解析方法だけでなく、論文でどのような図表を描くのかも予め決めておきます。

臨床研究は臨床現場の疑問を解決するものです。本当に有意義な臨床的疑問であり、過去の論文を読み込み、研究計画書がしっかりと練られたものであれば、たとえ結果がネガティブ(有意差なし)であったとしても論文化は可能です。ジャーナルによってはポジティブ(有意差あり)なものが好まれることもありますし、ポジティブな結果を出した方が次につながりやすく科研費などの研究費を獲得しやすいのは事実ですが、ある意味それは趣の異なる臨床研究です。本来の臨床研究の成否は、計画段階で既に決まっているといっていいでしょう。

なぜ臨床医に研究が必要なのか

論文を「読むは易く、書くは難し」です。自身の思考過程や論理について、編集者や査読者から批判的吟味を受けることで、論理的な思考や臨床判断が洗練され、自身の臨床判断に対する客観性が育てられます。日々の臨床において、経験則で語るのではなく、過信せず、可能な限り根拠に基づいて臨床判断を下し、変化に柔軟かつ論理的に対応できる医師になるためには、研究結果だけでなくその作成過程に関わることが大切です。少しずつでも、大したことのない研究であっても、臨床医が研究に関わることに意義があるのではないでしょうか。

まとめ

臨床研究の成否は、研究を始める前に決まります。ここを疎かにすると、後々本当に苦しみます。決して思いつきで研究を始めないようにしましょう。

遠回りは大事ですが、それでも「臨床研究のすゝめ」が少しでもみなさんのお役に立てたら幸いです。

 

医療従事者に必要な統計学と疫学(目次)へ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

英語のコメントは『問い合わせ』からお願いします。

目次