医師の研究留学

医師(MD)の資格を持つ者が海外に留学する方法は、幾つか存在します。その中で、臨床医という特権を将来的に捨てないですむ留学として、研究留学、臨床留学、そして大学院留学が一般的でしょう。この全てを経験した、または経験しようとしている私が、それぞれについて解説しようと思います。

今回は、研究留学についてです。おそらく、留学する医師の中で最も多いのが、この研究留学ではないでしょうか。

ここでは、

  1. 研究留学の方法
  2. ツテやコネはあった方が良いか
  3. 留学するタイミングによるメリットの違い
  4. 留学中の給料

といった、研究留学で知っておいて損はない情報をシェアします。

目次

留学の方法

研究留学をする方法として、大学の医局に属し、教室のツテで海外のラボに留学する方法と、海外のラボに個別に直接交渉する方法が存在します。

大学医局経由

まずは大学医局を通した留学についてです。当然ですが、まずは医局に入局しなければなりません。どこの大学医局でも、ある程度海外のラボにツテやコネを持っています。そのようなラボに、医局の先人たちが留学してきた歴史があり、タイミングが合えば次の留学が自分に回ってきます。

希望者の中のどのくらいが留学に行けるかは、医局次第です。留学できるのはエリートのみで、大学で結果を残した人間のみにチャンスを与える大学もあります。一方で、希望者全員に留学のチャンスを与える医局もあります。もし大学経由で留学したいと思っている人は、医局内で海外留学をした医師の割合など予めチェックしておくと良いでしょう。

ちなみに、1’(ダッシュ)と言いますか、医局に入らず、市中病院の上司や先輩のコネで研究留学する方法もあります。医局に入りたくない人にとっては魅力的かもしれません。留学をチラつかせて勧誘する市中病院もあります。しかし、そのようにして集まった医師の間で数少ない留学という席を争わなければならず、競争率が高くなります。また、市中病院は医師一人当たりの役割が大きいので、いざ留学となったら代わりの医師がいないからもう少し待ってほしい、といったことが起こりかねないので注意が必要です。

個別交渉

もう一つの方法は、ラボのトップと個別に交渉し、留学の道を開く方法です。具体的には、まず、自分がやりたいと思う研究の先駆者的な人を探します。その道の有名人でも良いですし、Pubmedなどで論文を読み漁り、その分野でfirst authorやcorresponding authorとして何本も論文を発表している人を見つけます。次に、国際学会などでその人の講演や発表を聞きに行き、質問や挨拶をします。そしてその場で、または後日面接を申し込む、というものです。

結構ガツガツしてるな、そんなんで成功するのか?と思われたかもしれませんが、このような方法で留学先を見つけた日本人に何度も遭遇しました。意外に、留学先を見つける鉄板の方法なんだと思います。

私は医局に属していたため、初めの研究留学はコネでした。しかし、その後ハーバード公衆衛生大学院に留学しましたが、学業と同時にラボで研究もやりたかったため、自分でいろんな人にメールを送り、何人かと直接面談しました。その中から自分がやりたい研究ができそうなラボを選び、留学中はそちらで研究もすることができました。

アメリカ人は、やる気のある人が好きです。自分からガツガツ行けば、道が開けることが多いので頑張ってください。

ツテやコネの重要性

この「ツテ」や「コネ」は、言葉の響きとは裏腹に非常に大切です。「ツテ」や「コネ」があるということは、先人たちが留学中に素晴らしい成果を残してきたことを意味します。留学先としては、次も同じような仕事をしてくれる人を欲しがっているということであり、こちらとしても留学し懸命に仕事をすれば成果を出せるだけのラボであるということです。

留学でよく聞く失敗談は、「最初の数ヶ月は何をしていいかわからずただひたすら時間が過ぎ去った」というものです。それまで全く先人がいないラボは、ある意味「賭け」です。もちろん素晴らしいラボかもしれませんが、成果を出せるだけの素地のないラボかもしれません。「俺が初めてだが、開拓者になってやる」的な意気込みは大事ですが、差別社会のアメリカです。簡単には乗り越えられない壁があるので、注意が必要です。

そういった意味で、先人たちが留学しており、「ツテ」や「コネ」が切れずに育まれてきたという事は、留学が成功する大きな予測因子の一つだと思います。

留学のタイミング

いつ留学するのが良いのでしょうか。当然、答えなんか存在しませんが、勝手に「早期」と「後期」に大きく分けて、それぞれのメリットを挙げたいと思います。

早期の留学

卒後10年まで、またはPhD取得前の留学を考えてみましょう。メリットとしては、以下が考えられます。

1. 将来に対する方向性の転換が比較的容易

留学は医師としてだけでなく、人生観を変えてしまう可能性のある人生の一大イベントです。これからの生き方を考え直し、将来の方向性を大きく変える人も多く存在します。年齢的に若い方が、そのような方向転換の犠牲も少なく、転換後の将来性もより明るいものになります。

私の知り合いにも、臨床家でありながら留学を契機に疫学者や医系技官の道へ進んだ人たちがいます。

2. 辛いことに耐えられる

若いということは、精神的にも肉体的にも、辛いことも耐えやすいですね。留学はhappyなことだけではありません。相当辛いこともあります。若いということは、大きな武器です。

3. 家族への配慮が少なくて済む

結婚し家族ができ子供が生まれると、時間やお金を自分一人に使うことができなくなります。子供が小学生にもなれば、日米の教育の差なども考えなければなりません。共働きであれば、奥さんの仕事も考えなければなりません。年齢を重ねれば、親の近くに住みたいと思うことも増えるでしょう。そういった点では、若い時期は自分にお金や時間を投資しやすいと言えます。

4. 日本でのキャリアを気にしなくてよい

日本を離れるということは、日本でのキャリア形成は一時停止となります。もちろん、海外で活躍して日本に戻り、最初からそれなりのポジションで活躍する人もいます。しかし、基本的には日本のキャリアは日本で構築するものです。日本において人と繋がり、日本で成果を出し、日本で認められることで、日本におけるキャリアが形成されます。グローバルな世界になってきているといっても、日本人は、伝統を重んじ、和を乱すような人を快く思わない人の方がmajorityですので、(飛び抜けた人にならない限りは)日本で積み重ねた働き方が、日本におけるキャリアには重要となります。年をとり肩書きが増えると、日本や組織内での仕事は増えていきます。それらをしっかりとこなす積み重ねが日本でのキャリアには肝要です。

逆を言えば、若いうちは、そのような肩書きもありませんし、やらなければならない国内・組織内の仕事も多くありません。すなわち、日本でのキャリアを気にする必要がありません。むしろ海外で活躍することのメリットの方が大きいかもしれません。

5. 英語が上達しやすい

子供に比べるとその上達度は比較にならないほど遅いですが、それでも若ければ言語の上達は少しは早いと思います。脳の発達の問題だけでなく、若い人の方が、率先して様々な人とコミュニケーションをとるからかもしれません。

後期の留学

今度は後期ですが、卒後10年以降や、PhD取得後の留学を考えてみましょう。考えられるメリットは以下の通りです。

1. 資金面

長く医師として働けば、それなりに貯金も(たぶん)増えるでしょう。留学は、金銭面で非常に厳しいものです。給料は、あったとしても多くないですし、給料のない留学生も沢山居ます。多くの留学生が貯金を切り崩して生活しています。一般企業からの海外派遣(いわゆる「駐在」)と異なり、たとえ医局派遣であっても医局から給料がでることは殆どありません。住居、生活費、医療保険、子供の保育園や学費など、すべて自費です。貯金が多いに越したことがありません。

人生一度あるかないかの海外生活です。折角なので、ある程度の金銭的余裕をもって堪能した方が、楽しいですよ。

2. 将来の方向性が明確

留学に限らず、何をするにしても将来像を持っている人と持っていない人では、同じことに対する姿勢や学び方が異なります。卒後10年も過ぎれば、留学に行く理由がそれなりに明確である人が多いですね。単に留学したい、ではなく、〇〇を学びたい、〇〇になるためにはこれが必要、などです。留学が充実したものになりやすいと言えます。

3. 肩書き・スキルがあり認められやすい

特にPhDを持っていると、海外では尊敬の眼差しで見られます。ココでも説明していますが、海外でPhDを取得するのは非常に難しく、アカデミックで食べていけることを意味しています。そのため、留学時すでにPhDを持っていれば、ラボで認められやすく、最初からある程度の仕事を任せてくれる可能性があります。

留学中の給料

前述のように、留学中の金銭面は常に悩ましい問題です。同じ留学生でも、給料のある人と無い人がいます。何が違うのでしょうか。

まず一つは、先人の功績です。先人がラボで結果を残し、その後任者として赴任する場合、給料が出ることが多いです。

次に、留学者の研究としてのスキルです。どれほど優れた臨床家であっても、研究という土俵では臨床能力は関係ありません。研究者としてスキルがあれば、給料をもらえる可能性は高まります。わかりやすい例では、PhDの有無ですね。PhDがあるということは、アカデミックなスキルがあることを意味します。例えば、ネズミの脳波を計測できるスキルを持っているのは世界で自分だけ、みたいな感じです。そうすれば、自ずとラボもお金を出すでしょう。

最後に重要なのが、基礎研究と臨床研究の違いです。基礎研究をやってきた人ならわかると思いますが、何かしら自分が得意なこと・スキルがあると思います。そのため、基礎研究の方が(特にPhD取得後は)給料は出やすい印象があります。

一方、臨床研究はclinical questionが大事であり、鋭い視点を持つ臨床家であれば、極端なことを言えば臨床研究のことをそんなに深く知らなくても、何となくの研究はできてしまいます。もちろん、臨床研究におけるスキルというものは存在します。疫学と医療統計がそれです。それらでmaster degreeなり取得していれば、十分お金を払うに値するスキルを持っていることを意味するため、給料が出る可能性は十分にあります。また、臨床研究でグラント(研究費)をとってこれるだけの人も同様です。しかし、臨床研究をかじったことがある程度では、留学先から給料をもらうのは難しいかもしれません。

最後に一言

留学前にぜひ一度留学先のラボを見学することをお勧めします。

日本でも、良い病院、そうでもない病院という、「格差」というものが存在しますが、アメリカも同様です。留学すれば大丈夫、アメリカで研究すれば安泰と思っているとしたら、それは危険です。アメリカは、ピンキリです。能力があるにも関わらず、チャンスに恵まれず、留学中思ったような成果を上げられずに帰ってきた人もいます。

格差だけではありません。研修病院と一緒で、人によって合う合わないがあるのも当然です。ある人にとってはウマの合う上司やラボであっても、他の人には苦痛かもしれません。

本当にやりたい研究がそこでできるのかどうか、どんな同僚がいるのか、留学する前に一度その目で確かめた方が良いと思います。人生何回も経験できるわけではない留学。失敗しないためにも、しっかりと留学先を見極めてください。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は、日本の医師が留学する方法として最も一般的な研究留学について書きました。研究留学するのかしないのか、どのタイミングでするのか、何をしに、どこへ行くのか、そしてその為には今は何をやったらよいのか

この記事が少しでも参考になれば幸いです。是非、充実した留学にしてください。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • […] 留学の辛さは、何と言っても金銭面です。先人からのツテのある研究室(「医師の研究留学」参照)で初めから給料をもらえる場合や臨床留学を除けば、医師の留学の多くは無給から始まります。大学院留学では学費(ex. 米国大学院の学費は年500〜1000万円!)がかかりますし、研究留学であってもラボから給料が貰えるようになるのは数ヶ月から1年後といったところが相場でしょう。 […]

  • […] 記事「医師の研究留学」でも書いていますが、大学医局経由で留学する人や、個別にツテを見つけてくる人がいます。医局経由で留学する人は、それぞれの大学で博士(PhD)を取得し、その研究分野をより深く追求するために留学する場合が多く、その場合はPhD取得後、すなわち卒後10〜15年目(以降)に海外へ飛び立つことになります。一方、大学によってはPhD取得前に留学を課するケースもありますし、個別に留学先をみつけてくる猛者たちの場合も、留学する年齢はそれよりも若くなります。 […]

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