海外の小児心臓麻酔を経験して〜イントロ〜

目次

はじめに

私は以前、オーストラリアのThe Royal Children’s Hospital (RCH)という世界的にも有名なこども病院の小児集中治療科(Pediatric Intensive Care Unit: PICU)で臨床留学を経験させていただきました。しかし、私の元々の専門は麻酔科であり、日本では小児心臓麻酔にも関わっていたことから、留学中にPICUの業務と並行して同病院の小児心臓麻酔のフェローとして働くチャンスを頂きました。そこで今回は、海外の小児心臓麻酔の実際についてご紹介したいと思います。昨今のCOVIDの影響で、海外に行けない人もいらっしゃると思いますので、テキストには載っていないような、海外の臨床現場での実際や私の印象をお伝えできたら幸いです。

The Royal Children’s Hospital (RCH)

RCHはオーストラリア南東の都市、メルボルンに位置するこども病院です。オーストラリアでは医療の集約化が進んでいますので、RCHはビクトリア州という日本の本州とほぼ同面積に住む小児をカバーするだけでなく、小児の心移植や肝移植も積極的に行なっており、他の州からも飛行機で患者を受け入れています。

RCHには手術室が14部屋あり、肺移植以外一通りの小児手術が行われています。小児心臓に関しては、主に使用する手術室が2部屋あり、人工心肺症例が年間約400件行われています。

(写真:The Royal Children’s Hospitalは、2020年で150周年を迎えました)

RCHの麻酔科医

勤務時間

オーストラリアでは労働時間や労働環境が厳しく管理されていますので、医師としての生活はある意味かなり恵まれています。麻酔科医は週43時間の勤務(←残業ではありません。総勤務時間が週43時間です)が基本になっていますので、一日10時間を週4日間プラスαの勤務を行います。また、この勤務時間には研究や教育に費やす日も含まれますので、臨床業務は実質的には平均週3〜4日間になります。

ちなみに、RCHの集中治療室での勤務は、1週間単位での勤務と休みの繰り返しでしたので、勤務時間は2週単位でした。すなわち、「2週で86時間」に設定されており、この設定時間を超えると、いわゆる「残業」としてカウントされます。残業ゼロが普通なので、私もこの設定時間を超えて残業したことは殆どありませんでした。

麻酔科医の階級と人数

オーストラリアにおける臨床医は、大きく分けてインターン(Intern)、レジデント(Resident)、レジストラ(Registrar)、フェロー(Fellow)、コンサルタント(Consultant)の5つのポジションに分かれます。インターンがいわゆる日本の研修医、レジデントが日本の初期〜後期研修医に対応し、専門分野のトレーニングは主にレジストラから始まります。病院によって異なることがありますが、トレーニングを修了し専門医を取得するとフェローになり、指導医がコンサルタントと呼ばれます。

オーストラリアの医師階級は、アメリカの医師階級とは異なります。詳しくはこちらをご参照ください。

RCHの麻酔科には、レジストラ8-9名、フェロー11名、そしてコンサルタント35-40 名(!!)在籍しています。14という手術室の数に対し、麻酔科医だけでこれだけの人数が働いているとは驚きですよね。そして、それだけ潤沢なマンパワーがあるからこそ、先のような恵まれた勤務体制を組むことが可能になっています。

小児心臓手術チーム構成

心臓外科医と仲間たち

小児心臓手術に関与するチームメンバーとしては、心臓外科医、看護師、臨床工学技士、麻酔テクニシャン、そして麻酔科医で構成されています。

心臓外科医は執刀医(コンサルタント)と前立ち(フェロー)のみで、第二助手を見たことは殆どありません。そのため、(もちろん「RCHでは」ですが)フェローというポジションであっても日本に比べるとかなりの経験が積めるのではないでしょうか。

手術室看護師の中にも、小児心臓手術を担当する看護師のチームが存在し、そのチームの中から器械出しに1名、外回りに1〜2名配置されます。看護師の仕事内容は日本のそれとは結構異なります。具体的な違いについては、後で触れてみたいと思います。

臨床工学技士はご存知の通り、人工心肺を担当してくれます。RCHでは心臓手術中の人工心肺を扱える臨床工学技士が6名ほどいますが、1人で一症例を担当しています。午前と午後の症例で担当を変えることもありますし、手術が延長しても交代要員が控えています。層の厚さを感じます。

オーストラリアには、日本と大きく異なる役職として、麻酔テクニシャンという職業があります。彼らは、麻酔に関わる機器や器具の準備、麻酔中の補助といった、麻酔に関する業務を手伝ってくれます。麻酔テクニシャンになるためには、それに特化した教育を修了し資格を得なければなりませんので、彼らのプライドもそれ相応です。患児の入室時や搬送時のモニター装着などを手伝おうとすると、「それは私の仕事だから、他のことをしなさい」と注意されたこともあります。

麻酔科医

麻酔に関しましては、一症例につき、必ず一人のコンサルタント(指導医)が割り振られます。といいますのも、RCHには麻酔全体のコンサルタントが35-40名、その中で小児心臓麻酔を専門とするコンサルタントが10名程在籍していますので、かなり余裕を持ってコンサルタントを個々の症例に割り振ることが可能です。

麻酔科勤務表例

RCHでは、前の週に次週の担当麻酔科医を決定していました。各科がそれぞれの手術室に割り振られているため、麻酔科医も(症例ではなく)手術室に割り振ることができます。部屋の移動や症例の偏りも防げますし、前の週には(臨床以外の)自分の予定を立てることができます。全体として人数を調整できるため、無駄な待機もなくなり、適切な人材配置が可能になります

麻酔科医としてのトレーニングを開始したレジストラが小児心臓麻酔に割り振られることはありません。その代わり、オーストラリアにおける専門医であるフェロー(実際はRCHの麻酔科には専門医を取得していなくてもフェローと呼ばれる人たちがいました)が、コンサルタントと共に小児心臓麻酔を担当し、より特化したトレーニングを受けるといったシステムになっています。ただし、RCHのフェローは心臓手術以外の手術の麻酔も担当しているため、彼らが小児心臓麻酔を担当することはあまり多くなく、平均月数回といった感じでしょうか。あくまで「コンサルタントがメイン」というスタンスです。

多国籍チーム

小児心臓手術チームは以上のような編成になっていますが、特徴的なのはその多国籍さでしょう。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、オーストラリアでは様々な国の医師免許が有効ですので、英語という言語の基準さえ満たせば、オーストラリア国内で医療行為を行うことが可能です。そのため、数多くの外国人がオーストラリアで働いており、RCHもその例外ではありません。

例えば、「心臓外科医はフランス人とイタリア人、看護師は中国人とオーストラリア人、臨床工学技士はオーストラリア人、麻酔テクニシャンはインド人、麻酔科医はオーストラリア人と日本人」といったチームで症例を担当した日もありました。それはもう無茶苦茶な英語が飛び交っていましたが、アクセントの強さなど誰も気にせず、とても良い雰囲気で時が過ぎていくのは、オーストラリアだからこそ経験できることかもしれません。

麻酔導入前

準備

患者入室時間は曜日によって異なりますが、朝8時にスタートすることが多いです。前述の通り、麻酔に関する準備は麻酔テクニシャンが行ってくれますので、麻酔器の始業点検、除細動器の確認、心電図・酸素飽和度モニター・温度計といったモニターの準備といった、日本の麻酔科医が普段行なっていることも、オーストラリアでは麻酔科医がする必要はありません。

麻酔薬の準備については、日本でも病院間で様々なスタンスだと思います。麻酔科医自ら全ての薬剤を準備する病院もあれば、オーダー表に記入することで看護師が準備してくれる病院もあるでしょう。RCHでは、看護師も麻酔テクニシャンも薬剤の準備は手伝いませんので、術中に用いる薬剤は、麻酔科医自ら準備しなければなりません。

ただし、小児心臓麻酔といえどもRCHの麻酔科医が使う薬剤はかなりシンプルなので、準備する薬剤も他の麻酔と殆ど変わりません。例えば、人工心肺症例に対し、麻酔導入時に準備するのは「フェンタニル、パンクロニウム、トラネキサム酸、メタラミノール、セファゾリン」の5種のみ、といった感じです。とてもシンプルですし、心臓麻酔と言えどもこの程度の薬剤なら数分で準備できます。

写真は、実際の小児心臓麻酔の準備薬剤です。シリンジがたったの数本だけ。。。最低限の薬剤と静脈確保時のラインの準備だけで、驚くほどシンプルであることがお分かりいただけるかと思います。

たしかに、不測の事態に備えて様々な薬剤を準備し、いつでも使用できる状態にしておくことは大切です。ただ、これまでの麻酔人生を振り返っても、殆どの症例で使わず破棄した薬剤もかなり多いのではないでしょうか。本当に、その薬は使用すると判断してからシリンジに吸っては遅いのでしょうか。準備することによる得られる利益(この場合は医療安全)と、それによる不利益(この場合は資源やコスト)とのバランスを考える際、後者をあまり意識しない日本との差を感じました。

また、詳細は次回に持ち越しますが、ライン類もかなりシンプルですし、心エコーも必要時のみの使用ですので、私がこれまで経験してきたような、多数のラインやモニター、薬剤に囲まれた「コックピット」のような心臓麻酔とは、全く異なる印象を受けました。大袈裟かもしれませんが、しっかりと勉強している人にとっては、小児心臓麻酔は普通の麻酔とそこまで変わらないのだと思います。

患者のお迎え

麻酔準備が完了したら、患者を迎えに行きます。アメリカやオーストラリアといった国々では、患者が手術当日に来院することはよくあることです。私はアメリカで臨床研究に従事していた経験があり、周術期の患者に接していたの経験があったのである程度理解しているつもりでしたが、小児心臓手術であっても当日入院の患者が多いのには驚きました。術前からしっかりと入院し万全を期す人種は、日本人だけなのでしょうか。

それはさておき、術当日に入院した患児は麻酔前室という手術室に隣接した部屋で待機していますので、麻酔科医はそこに迎えに行きます。麻酔前室では前投薬も行われますが、モニターや看護師も充実しており、前投薬による呼吸抑制や循環抑制もしっかりと観察することができます。患者が既に入院している場合は、病棟まで麻酔テクニシャンと共にモニターを持って迎えに行きます。

Next –> 海外の小児心臓麻酔を経験して〜麻酔導入編〜

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 木村先生
    記事をEd(心臓外科Fellow from Italy)と拝見しました。
    まさに多国籍です。最近では心臓外科医 フランス人と日本人、ロシア人と日本人コンビです。

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