以下、小児の僧帽弁狭窄症(Mitral stenosis: MS)と三心房心(Cor triatriatum)の周術期管理について、麻酔科医・集中治療医が把握すべき事項について解説します。
解剖・分類
先天性孤立性僧帽弁狭窄症は稀で、Shone症候群といった左心系形成異常症候群の一部として観察されることが最も多い1)。
僧帽弁狭窄症の機能的分類の一つに、正常乳頭筋、交連部融合、弁または弁上ring、閉塞性左上大静脈からなるA型と、異常乳頭筋によるパラシュートまたはハンモック僧帽弁からなるB型に分ける方法がある2)。
病態生理
僧帽弁狭窄によって、左房圧が上昇し、肺静脈圧上昇・肺動脈高血圧へ進展する。結果、肺水腫、喘息様呼吸、繰り返す肺感染症、頻呼吸、食事摂取量低下、成長障害を引き起こす。肺高血圧は、右室圧上昇、右室肥大、右室機能低下を引き起こす。
左室への血流低下により左心系心拍出量は減少し、代償としての頻脈は拡張期を短縮し心拍出量をより低下させる。血管内容量が低下すると左室拡張末期圧・容積が低下し、僧帽弁狭窄が機能的に悪化する。肺高血圧に対し肺血管抵抗を低下させると、肺血流が増加するが下流は閉塞(僧帽弁狭窄)しているため、肺症状が悪化する1)。
拡張した左房は、心房細動、心房粗動、心房頻拍といった心房性不整脈を合併する1)。
方針
内科的管理にも関わらず、反復する呼吸器感染、成長障害などが見られる場合には、外科的介入を要する。
手術適応となった場合、弁上ringの切除、交連切開術、乳頭筋の分離と再建、腱索の再建により、狭窄弁を修復する1)。僧帽弁逆流症を引き起こさず狭窄症を軽減することがポイントとなる。
抗凝固による合併症や成長に伴う将来の置換術の必要性から、僧帽弁置換術は若年小児では修復術が困難・失敗した際の最後の選択肢として残される。
術前チェック項目
心エコー検査では
- 僧帽弁の流入速度・圧較差(下記参照)
- 大動脈弁のサイズや狭窄:左心系閉塞性病変の合併
- 左室拡張末期容量:僧帽弁逆流が合併していれば左室は拡張するが、Shone’s complexでは低形成となる。
- 左室流出路狭窄:左心系閉塞性病変の合併
- 大動脈弓低形成・大動脈縮窄症:左心系閉塞性病変の合併
- 三尖弁逆流:肺動脈圧を推定
を観察する。
=僧帽弁の流入速度・圧較差=
僧帽弁の流入速度は、心拍数・心拍出量・僧帽弁逆流によって大きく影響を受ける3)。小児では心拍数が高く拡張時間が短いため、影響を受けやすい。また、先天性心疾患では併存疾患によるシャントも考慮する必要がある。例えば、心室中隔欠損による左右シャントでは僧帽弁に流入する血液量は増加し、心房中隔欠損による左右シャントでは右房へのシャントにより僧帽弁を通過する血液量は減少し流入速度は低下する。
最大圧較差は左房コンプライアンスや左室拡張機能の影響を受けるため、成人ではvelocity time integralを用いた平均圧較差で判断することが多い4)。一方、小児の拡張早期(E wave)の最大圧較差は5歳まで増加した後は年齢によって大きな差はないが、拡張後期(A wave)の最大圧較差は1歳まで増加した後に低下に転じる5)。小児においてそれぞれの年齢のvelocity time integral(→平均圧較差)の基準値は不明であり、小児における僧帽弁狭窄の重症度を定量化したコンセンサスは未だ得られていない。
以下、小児を対象とした研究と成人での重症度分類を参考に示す3)(臨床では、peakで1.5m/sが一つの目安)。
Mild | Moderate | Severe | |
Banerjee et al. (0-18 yo) | 8-10 | 11-15 | >15 |
Collins et al. (0-15 yo) | 7-15 | 16-25 | >25 |
Mild | Moderate | Severe | |
弁口面積(cm2) | >1.5 | 1.0-1.5 | <1.0 |
平均圧較差(mmHg) | <5 | 5-10 | >10 |
肺動脈圧(mmHg) | <30 | 30-50 | >50 |
周術期管理
術前・術中管理
僧帽弁狭窄症の血行動態の目標は、拡張期の左室充満時間を増やすため心拍数を低めに保ち、僧帽弁の機能的狭窄を最小限にするため前負荷を維持することである。心室収縮と後負荷も保つことが重要である。洞調律を維持し、心房性不整脈の早期発見と治療が重要である。重症症例になると肺高血圧を呈し、不十分な麻酔による肺高血圧クリーゼに対する注意が必要である。一方で、過剰なFiO2や過換気による急激な肺血管抵抗低下は、下流の僧帽弁レベルの閉塞が解除されていない状況での肺血流増加を意味し、肺機能が増悪する可能性がある。
術中、左心系が術野に開放されるため、人工心肺からの離脱時に心腔内に空気が残存する可能性がある。経食道心エコーで心腔内の空気を注意深く観察する。
術後管理
術後管理のため、左房圧ラインや肺動脈圧ラインを留置することがある。術前に肺(静脈・動脈)高血圧を呈した患者では、術後も肺高血圧が暫く残存することがあり、その場合は十分な鎮痛・鎮静、ミルリノン、一酸化窒素、酸素、過換気といった管理が数時間から数日間必要となる1)。左室閉塞性病変のために左室が小さい場合には、一回拍出量が少ないため、ある程度の心拍数が必要となる。左心機能が正常で僧帽弁修復が成功したならば、左房圧は低下するはずである1)。
= 三心房心(Cor triatriatum)=
隔壁により左房が上下の二つの腔に分けられる疾患である。肺静脈からの血液は左房内上部に還流し、一つまたは複数の孔から左房内下部の腔に流入する。時に血流がこの孔で制限されることがあり、左房圧上昇、肺静脈圧上昇、肺動脈高血圧、低心拍出量症候群といった、重症僧帽弁狭窄症と同様の病態生理となる。
多くの患者が生後1年未満に呼吸器症状を呈し、24-80%は肺静脈還流異常症、左上大静脈、左心低形成症候群といったその他の心奇形を伴う1)。
手術により、心房内の隔壁を切除する。麻酔管理は僧帽弁狭窄症と同様である。
References
- Anesthesia for Congenital Heart Disease, 3rd Edition. Dean B. Andropoulos et al.
- Chauvaud S. J Cardiovasc Surg (Torino). 2004 Oct;45(5):465-76. PMID: 15736569.
- Cantinotti M, et al. Cardiol Young. 2020 Jan;30(1):1-11. PMID: 31910934.
- Baumgartner H, et al. Eur J Echocardiogr. 2009 Jan;10(1):1-25. PMID: 19065003.
- Cantinotti M, et al. J Cardiol. 2016 Oct;68(4):288-99. PMID: 26564714.
コメント
コメント一覧 (2件)
[…] 僧帽弁狭窄症(Mitral stenosis: MS)と三心房心(Cor triatriatum) […]
[…] 症状は閉塞病変の解剖学的部位に依存する。例えば、パラシュート僧帽弁は、2つの僧帽弁尖が同一の乳頭筋によって支持され、腱索は短く肥厚し、僧帽弁尖は互いに近接して引き込まれるため、僧帽弁狭窄症を引き起こす1)。僧帽弁弁上ringは僧帽弁尖の心房側で取り囲むように存在する結合組織であり、僧帽弁への血液流入を阻害する1)。大動脈弁下狭窄症は左室流出路の部分的膜性肥厚や、より広範囲の狭窄によって引き起こされる1)。大動脈弁下狭窄症は新生児期には稀であるが、乳児期に急速に進行し、左室肥大が進展する1)。三分の二の患者は新生児期に大動脈縮窄症を呈する1)。 […]