以下、肺高血圧クライシス(Pulmonary hypertensive crisis: PH crisis/肺高血圧緊急症/肺高血圧クリーゼ)の病態生理と管理について、麻酔科医・集中治療医が把握すべき事項について解説します。
解剖・分類
肺高血圧クライシスとは、何らかの刺激や要因により肺高血圧症が急激に悪化し、心停止を引き起こす非常に危険な状態である。
病態生理
悪循環のサイクル
肺血管抵抗の急激な増加(右室の後負荷増加)を契機とし、
⇒ ①右心不全 ⇒ ②右室拡張末期圧上昇と右室壁の伸展 ⇒ ③心室中隔が左方へシフト ⇒ ④左室が圧迫され左室収縮能が低下 ⇒ ⑤心拍出量の低下と血圧低下 ⇒ ⑥冠血流の低下 ⇒ ①右心不全 ⇒ ・・・
の悪循環に陥る1)。また、何らかの理由で⑤血圧が低下や⑥冠血流が低下した場合も、そこから上記の悪循環のサイクルに入る。一度肺血管抵抗が増加し心室機能の低下が始まったら、心停止を防ぐことは難しい。
契機
上記のスパイラルに入り込むイベントであれば何でも肺高血クライシスの原因となりうるが、特に下記に注意する。
肺血管抵抗の上昇
- 低酸素血症(PaO2)とアシドーシス2)
- 低肺胞酸素分圧(PAO2)と高二酸化炭素血症による呼吸性アシドーシス1,3,4)
- 気管への刺激:術後集中治療室での気管内吸引は、肺高血圧症患児において肺血管抵抗と肺血圧を70%増加させる5)
体血圧低下
- 体血圧低下:全身血管抵抗の低下や一回拍出量、心筋収縮力低下による体血圧低下は、不十分な冠灌流と右室不全を引き起こす。
Presentation
成人であれば肺動脈圧カテーテルが、小児であっても施設によっては心臓外科術後に肺動脈圧ラインが外科的に留置される場合がある。その場合は、上記のようなイベントを契機として急激な肺血圧の上昇と体血圧の低下、場合によっては心停止となる。
肺動脈圧ラインが留置されていない場合は、肺動脈圧を直接モニターすることはできない。その場合、気管吸引などを契機として急激に低血圧を呈するといった臨床像となる。
簡単に言えば、肺高血圧のために右心系から左心系に血液が流れない状態(肺血管という後負荷を乗り越えられない)状態である。
肺高血圧クライシスによる体血圧低下(からの心停止)を防ぐため、心房間交通の開通やFontan手術におけるfenestrationといった処置を施行されている場合があり、その際には右左シャントによりある程度血圧は保たれるものの、全身酸素飽和度の低下が顕著となる。
予防・治療
肺高血圧性緊急症の予防・治療は、刺激を和らげ、肺血管抵抗を低下させ、血行動態を安定化させることである。
鎮痛・鎮静 ± 筋弛緩
術後の痛み、吸痰刺激、体位変換、啼泣により肺血管抵抗が上昇しPH crisisのトリガーとなるため、リスクの高い患者では、鎮痛・鎮静薬だけでなく、予防的に筋弛緩も含めた深麻酔が必要になる6)。
肺高血圧クリーゼのスパイラルに入ってしまうと、麻酔薬による低血圧は更に状況を悪化させる可能性もある。できる限り全身血管抵抗を下げない薬物を用い、血行動態を観察しつつ他の介入とのバランスで投与量を調節する。
肺血管抵抗の低下
換気条件
上述のように、低酸素血症・低肺胞酸素分圧・高二酸化炭素血症といった、肺血管抵抗を増加させる因子を除く必要がある。すなわち、100%酸素によりPAO2とPaO2を上昇させ、中等度の過換気によりPaCO2を調節する。
また、肺血管抵抗は肺容量が小さくても大きくても増加し、機能的残気量(functional residual capacity)で最も低くなる1)。そのため、適切な呼気終末陽圧(PEEP)により肺容量をclosing capacityよりも高く維持し無気肺を予防し、かつ過剰な一回換気量を避けることが重要である。
薬物投与
アシドーシスは肺血管抵抗を増加させるため、積極的に補正する。呼吸性アシドーシスであれば換気を調節し、代謝性アシドーシスであれば原因となった刺激の除去や軽減を行う。肺動脈圧の管理において、pHを上昇させることはPaCO2を低下させることよりも有効であり、重炭酸ナトリウムやサム(THAM: trometamol; tris-hydroxymethyl aminomethane)が用いられる。
肺血管拡張薬が有効であるが、急性静注肺血管拡張薬の投与は体血圧低下によって冠灌流を増悪させる可能性があるため、シルデナフィルやマグネシウムなどの静注薬は一般的に緊急治療の適応にはならない。また、肺高血圧クリーゼは静注プロスタサイクリンアナログ開始後にも発生しうる1)。そのため、吸入による肺血管拡張薬の投与(iNO)が緊急時は望ましい。これにより、目標とする肺血管に直接薬剤を暴露することで、体血圧の低下や冠低灌流の危険を減らすことができる。
体血圧の維持
理論上は、肺血管抵抗/全身血管抵抗(PVR/SVR)を低下させる薬剤が好ましい。
それぞれの心血管作動薬が、それぞれの血管抵抗にどのように作用するかを検証した研究は幾つかあるが、(PMID 7712765, 11102544, 15465842, 8780181, 11388533, 18679141, 22893473 etc)、肺高血圧クライシスに対しては個々の症例で対応することが重要である。例えば、肺高血圧クライシスの原因が体血圧低下である場合には、たとえ肺血管抵抗を増加させる薬であったとしても体血管抵抗を増加させる薬は有効となる。
上記の研究結果に加え、緊急時のことが多いため、一般的にはアドレナリンやノルアドレナリンといった心血管作動薬が用いられることが多い。肺高血圧緊急症に関連した心停止は治療が難しく、緊急のECMOが必要となることもある。
References
- Anesthesia for Congenital Heart Disease, 3rd Edition. Dean B. Andropoulos et al.
- Rudolph AM et al. J Clinical Invest. 1966 mar;45(3):399-411.
- Chang AC et al. Crit Care Med. 1995 Mar;23(3):568-74.
- Morray JP et al. J Pediatr. 1988 Sep;113(3):474-9.
- Hickey PR et al. Anesth Analg. 1985 Dec;64(12):1137-42.
- Abman SH et al. Circulation. 2015 Nov 24;132(21):2037-99. PMID: 26534956.
コメント
コメント一覧 (5件)
[…] 肺高血圧クライシス(Pulmonary hypertensive crisis) […]
[…] 術前肺血流が著名に増加していた患者や、長期間肺血流増加に曝された患者、21トリソミーの患者では、人工心肺の影響も加わり人工心肺離脱後に肺高血圧症となる可能性がある。肺高血圧症を呈した場合、人工心肺離脱前や術後に吸入NOが必要となることがある。 […]
[…] 右室圧上昇が予想される場合には、小さな心房間交通を作成することで右左シャントの抜け道とし、動脈血酸素化低下と引き換えに心拍出量を増加させることもある(「肺高血圧クライシス」参照)。 […]
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[…] 僧帽弁狭窄症の血行動態の目標は、拡張期の左室充満時間を増やすため心拍数を低めに保ち、僧帽弁の機能的狭窄を最小限にするため前負荷を維持することである。心室収縮と後負荷も保つことが重要である。洞調律を維持し、心房性不整脈の早期発見と治療が重要である。重症症例になると肺高血圧を呈し、不十分な麻酔による肺高血圧クリーゼに対する注意が必要である。一方で、過剰なFiO2や過換気による急激な肺血管抵抗低下は、下流の僧帽弁レベルの閉塞が解除されていない状況での肺血流増加を意味し、肺機能が増悪する可能性がある。 […]