小児心臓外科術後管理をする上で、時に悩ましいのが不整脈です。今回は、房室接合部異所性頻拍(Junctional ectopic tachycardia: JET)という不整脈について解説します。
概要・機序
JETは、房室結節(AV junction)由来の自動興奮による不整脈であり、通常のような狭いQRS波を伴うものの、それにP波は先行しない。促進房室接合部調律と異なり、多くは160-170bpm以上の心拍数となり血行動態は著名に悪化する1)。
心室の興奮回数(収縮)が心房の興奮回数よりも多く、心室と心房の興奮に乖離(VA dissociation)がある場合と、心室から心房に1:1で伝導が伝わる(VA conduction)場合がある。また、JETの中に洞調律のAV conduction(sinus-captured beat)が入ってくるとJETであっても心室収縮はirregularとなるので注意が必要である。
危険因子
右室流出路閉塞性病変の解除術を伴うファロー四徴症修復術、心室中隔欠損閉鎖術、房室中隔欠損修復術、大血管転位に対する大血管転換術、総肺静脈還流異常症の修復術、Nowood手術後などに多い1,2,3)。
また、長時間の大動脈遮断や人工心肺時間、若年、心血管作動薬の使用も危険因子となる1)。
診断:心房心電図
前述のように、P波の先行しない狭いQRS波を示すはずだが、160bpmを超えるような頻脈下において、通常の12誘導心電図で心房波であるP波を探すのはしばしば難しい。
心臓手術後患者では一時的ペーシングワイヤーを留置していることが多く、それらを使用する(Atrial ectrogram:AEG)ことで心房波を捉えやすくする。
単極(Monopolar AEG)
胸部誘導のどれか(ex. V1)を心房ペーシングワイヤー(のどちらか)に接続する。四肢誘導や他の胸部誘導は通常通り接続する。
心房ペーシングワイヤーを接続した胸部誘導では、心房波が大きく観察することができる。
双極(Bipolar AEG)
四肢誘導の右手と左手をそれぞれ心房ペーシングワイヤーに接続する(2本ワイヤーがある場合に可能)。両下肢は通常通り接続する。胸部誘導は使わない。
心房ペーシングワイヤーが接続された右手と左手、すなわちI誘導で心房波が大きく観察される。その他の誘導では、最も大きい波は通常通りQRS波、すなわち心室の興奮である。情報のない無駄な胸部誘導が印刷されないため、より長く観察可能。
上の心電図においても、I誘導で心房波がはっきりと観察できる。他の誘導のQRS波とタイミングが一致している波(心室波)が、心房波の直前に出現している。すなわち、上記の例はV→Aに1:1で伝わる(VA conduction)典型的なJETであることがわかる。
VA conductionの場合は、QRS波からP波までの時間が短く、通常は100msec以下である。
管理
冷却
冷却用マットや扇風機などを用いて、深部温を(33-)35℃まで冷却することで、心拍数を低下させる1)。術後腹膜透析用のカテーテルが挿入されている場合は、腹膜透析を行う際に途中のラインを冷やすと効果的に冷却できる。4℃の生食10ml/kgによって体温が約0.5℃下がるので、レスキューとしては有用。
カテコラミンは避ける
アドレナリン、ノルアドレナリン、ドブタミンといったカテコラミンはJETの原因となるので避ける。理論的には、カルシウムやバゾプレシンといった心血管作動薬が、使用可能な薬剤の候補となる。
電解質の補正
マグネシウム、カリウム、カルシウムといった電解質の異常があれば補正する。
心房ペーシング
JETの心拍数の10-20bpm以上高い設定でペーシングを行う。房室伝導が正常であればAAIで十分である。
JETが180-190bpm以上である場合は、それ以上高い設定でのペーシングは無意味である。その場合、上記のような冷却や鎮静剤により心拍数を下げる(理想は150bpm以下)ことで心房ペーシングを可能とする。
JETの怖い点は、心房と心室の同期不全による血圧低下から心機能低下への悪循環に入ることである。その循環を断ち切る意味では、心房ペーシングは最も効果的であり、以下に述べるアミオダロンやデクスメデトミジンといった薬剤は脈を低下させペーシングを可能にする意味では有効となる。
基本はAAIを用いるべきであるが、冷却やアミオダロンなどによりAV intervalが延長し、高いrateでのペーシングが難しくなる。その場合、DDDを用いてAV intervalを調節することも可能であるが、dysynchronyにより心拍出量は低下する危険がある。また、JETのVA conductionによる心房のsenseでペーシングがうまくいかない場合は、DVIといった設定方法もある。
抗不整脈薬
JETに対し最も用いられている抗不整脈薬はアミオダロンとプロカインアミドである1)。
アミオダロンは心室機能抑制作用はないと考えられるが、低血圧・房室ブロック(→Ensure V lead working)・徐脈(→Ensure pacing working))・組織壊死(→緊急時以外は中心静脈から投与)といった副作用には注意する必要がある1)ため、上記に挙げた治療をまず優先すべきである:投与例:loading doseなしで、10mcg/kg/min。
プロカインアミドの作用発現は早いが、全身血管抵抗低下や心収縮力抑制作用があるため注意が必要である1)。β遮断薬は、術直後は特に心機能を抑制するので使用には注意を要する。
除細動は一般的に無効であることが多い1)。また、JETは一時的であることが多く、カテーテルアブレーションといった手技は最後の手段である。
Automatic SVTであるためアデノシンは無効。ただし、診断に使われることはある。Atrial ECG下でアデノシンを投与すると、VA conductionの減少やsinus bradycardiaによってP波のみが少なくなることが観察できる。
一度JETとなり治療を要すると、多くの患者はwean前に48時間程度の治療継続が必要になる。
References
- Anesthesia for Congenital Heart Disease, 3rd Edition. Dean B. Andropoulos et al.
- Dodge_Khatami et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2002 Apr;123(4):624-30.
- Batra et al. Pediatric Cardiol. Jan-Feb 2006; 27(1):51-55.
コメント
コメント一覧 (5件)
[…] 根治術ではVSD閉鎖術も同時に施行されるため、術後は房室ブロックや房室接合部異所性頻拍が発生しうる。 […]
[…] SVTへの診断には、心房心電図(atrial electrogram)が有用である。心臓外科術後患者でペーシングワイヤーが挿入されている患者では簡単に測定できるため、ぜひこちらを参照していただきたい。 […]
[…] 房室接合部異所性頻拍(Junctional ectopic tachycardia: JET) […]
[…] 伝導障害は一時的・永久的両方ありうる。心房切開による心房性不整脈や、パッチ縫縮による刺激伝導系の傷害・房室ブロックに注意する。ブロックが発生した場合は、一時的ペーシングワイヤーを留置する。異所性接合部頻拍(Junctional epitopic tachycardia: JET)は1歳未満の患者で多く、特にファロー四徴症のVSD閉鎖術後にみられる1)。 […]
[…] これまで、特に術後の房室接合部異所性頻拍(Junctional ectopic tachycardia: JET)の予防効果に対するマグネシウム投与に関し、比較的多くのランダム化比較試験が古くから行われてきた。どの研究も、小さなサンプル数、異なる年齢層や患者背景、不整脈の診断に関する不安などはあるが、人工心肺使用後にマグネシウム濃度が低下し、マグネシウム投与により術後不整脈を減らせる可能性が示唆されている。術後のJET以外の様々な不整脈に対する効果を調べるためには、更なる大きなランダム化比較試験をすべきという意見もあるが、低マグネシウム血症に対するマグネシウム製剤投与のデメリットの低さや費用対効果を考えると、更にランダム化比較試験を行うべきかは難しい判断であろう。ただし、低マグネシウム血症には介入した方が良いであろう一方で、イオン化マグネシウム濃度の目標値を調べた研究はなく、正常範囲内を目指すべきなのか、高めの濃度を目指すべきなのかは不明のままである。 […]