以下、Glenn手術(グレン手術)の周術期管理に際し、麻酔科医・集中治療医が把握すべき事項について解説します。
手術時期・適応
- 上大静脈肺動脈吻合:Superior cavopulmonary anastomosis (SCPA)
- 両方向性大静脈肺動脈吻合: bidirectional cavopulmonary shunt/connection (BCPS/BCPC)
- 両方向性グレン手術:Bidirectional Glenn shunt (BDG)
などの呼び方があり、多くの単心室循環(ex. 三尖弁閉鎖、左心低形成症候群、単心房/単心室 etc)が対象となる。modified Blalock-Taussing shunt (mBTS) などの姑息術の後、そして総大静脈肺動脈吻合(Total CavoPulmonary Connection: TCPC/ Fontan手術)の前段階として行われる。
早ければ生後2ヶ月で施行されることもあるが、殆どの患者は3-6ヶ月で施行される。生後2-3ヶ月未満では、生理学的肺高血圧により(後述のように)Glenn循環での肺血流、全身酸素化、体心拍出量が妨げられるため、一般的には施行されない1)。ただし、mBTSや右室肺動脈導管(RV-PA conduit)の(成長による)相対的狭窄・チアノーゼの増悪や、残存大動脈縮窄症などその他の外科的介入が必要性によっては、早期に施行することもある1)。
内容
殆どの施設では、人工心肺を用いて施行する。大動脈、上大静脈、右房へのカニュレーションによって人工心肺を開始し、心内修復術を施行しないのであれば大動脈遮断せず、自己心拍下の軽度低体温下で手術を行う。mBTSやRV-PA conduitがある場合は、人工心肺確立後すぐに閉鎖する。上大静脈は右房との接合部で切断、右房を縫合し上大静脈は右肺動脈へ吻合する。
古典的なGlenn手術は上大静脈を離断した右肺動脈にend-to-endで吻合するものであったが、酸素化低下や肺動静脈瘻といった合併症が問題となった。現在のGlenn手術は、上大静脈を肺動脈にend-to-sideで吻合し、両肺へ血流(両方向性)を確保する方法が一般的であり、症例によっては右肺動脈や左肺動脈への片方向性も行う。
主肺動脈(があれば)を縫合・閉鎖し、肺動脈洞における血栓形成(単心室内へ逆行性に塞栓を引き起こす)を防ぐために、肺動脈弁尖も縫合する。
※心室から肺動脈を通した血液の駆出(foward-flow)を意図的に残すこともある。これには、肺血管の成長を促し肝臓由来因子(後述)を肺に還流させる、肺血流を増加させ術後の動脈血酸素飽和度の上昇といった目的がある。ただし、肺動脈圧(→上大静脈圧)が上昇するため、肺動脈絞扼術が必要となる。
二心室の場合でも、三尖弁狭窄症やエブスタイン奇形によって右室が低形成で、上下大静脈全ての血流を受け止めるのに不十分な場合は、上大静脈と肺動脈を吻合し、静脈還流の一部を肺動脈に直接流すことがある。この手術は、one-and-a-half-ventricle repairとも呼ばれる。
心房内臓錯位症候群(Heterotaxy症候群)ではしばしば両側に上大静脈があり、手術では左上大静脈を左肺動脈へ吻合する。肝後下大静脈が欠損し下大静脈が離断している症例(interrupted IVC with azygos continuation to the right SVC or hemiazygos continuation to a persistent left SVC)では、下半身の静脈は側副循環を介して奇静脈や半奇静脈循環に入るため、腹部臓器からの肝静脈を介する血液以外、静脈血流の大部分が上大静脈肺動脈吻合部に灌流することになり、術後の生理学はFontan術後と似る(Kawashima手術)5)。静脈血の多くが肺循環に流れるため、一般的なGlenn手術よりも低酸素血症は少ない。ただし、上述の肝臓由来因子は肺に流れないため、肺動静脈瘻発生しやすく、一般的には術後30ヶ月で発生し、80%後半から半ばのSpO2が、70%半ばにまで低下し、時に50〜60%となる患者もいる7)。 Fontan手術を行うことで、部分的にでも肺動静脈瘻が改善され、多くの患者では1ヶ月以内に90%にまで酸素飽和度は改善する7)。その意味でも、本患者群にFontan手術を行う意義はある6)。
利点と欠点
利点
Fontan手術よりも手術に踏み切りやすい
手術侵襲が少ないため、Fontan手術のように心停止は必要ない。また、術後は上大静脈を介した上半身の血液のみが肺動脈に流れるため、Fontan手術と同程度の低い肺血管抵抗は必要ない。
容量負荷の軽減と酸素化上昇
Glenn術後のQp/Qsは0.6-0.7程度になる。mBTSやRV-PA conduitといった体肺動脈シャントの場合は、心室から肺を介して心室に還流する血液が心室の容量負荷になるが、Glenn術後はそのような血流がなくQp/Qsがやや小さいため、容量負荷の軽減が期待できる。同様の理屈で、体肺動脈シャントは肺に向かう血液も既にある程度酸素化されているため酸素飽和度の上昇は小さいが、Glenn術後は同じQp/Qsでより大きな酸素飽和度上昇が期待できる。
欠点
側副血行路
上大静脈から下半身の静脈への側副血行路が徐々に出現する。結果、肺血流が減少するため全身の酸素飽和度が低下する。
肺動静脈瘻
長期的には”肝臓由来因子(hepatic factor)“が肺循環を還流しないことで肺動静脈瘻を発症する。右左シャントとなり酸素飽和度が低下する。
術前チェック項目
心エコーでは
- 房室弁:房室弁機能不全は有効心拍出量を低下させ心不全を助長する
- 心室駆出率:術後の単心室機能の予測
- 心室拡張末期径:容量負荷の指標
- 心房中隔:三尖弁閉鎖や左室低形成症候群では心房間交通が狭いと術後の循環を阻害する
- 上大静脈の数:左右にある場合、どちらも細い傾向があり、術後の吻合部の圧較差が問題となる。
を評価する。
心臓カテーテル検査では
- 拡張末期圧:BCPCのためには12 mmHg未満が望ましい8)。
- PA index = 左右の中心肺動脈の断面積の和/体表面積(mm2/m2); 中心肺動脈の太さを表し、肺血管床の発育の指標となる。300前後が正常値。低いと肺血管抵抗の増加により術後の循環が成り立たない
- 肺血管抵抗:高いと術後肺循環が流れにくくなる。
- Qp/Qs: 麻酔導入時の循環のバランスを考える
- 肺動脈圧:術前の肺動脈圧が高いとGlenn術後の予後が悪い9)。
- 中心静脈圧:全身静脈血圧が16 mmHg以下は一般的に続発症がなく、20 mmHgを越えると様々な罹患率と関連すると言われている1)。
- 上大静脈-下大静脈間の交通:術後、上肢の静脈還流が肺循環を介さず心臓に向かい、低酸素血症を引き起こす
- 上大静脈血流:術前の低値は術後のシャント不全と関連10)。
を評価する。
周術期管理
導入・術中管理
mBTSと同側の鎖骨下動脈や分枝(上腕動脈・橈骨動脈)は動脈圧ラインとしては適さない。内頚静脈から中心静脈を挿入する場合は、深すぎるとGlenn吻合の邪魔になるので注意する。内頸静脈を介した中心静脈圧は、Glenn吻合後は肺動脈圧のモニタリングとして使える。内頚静脈や鎖骨下静脈を介した中心静脈カテーテル留置を血栓予防のため避け、大腿静脈にラインを挿入するを用い、小さいカテーテルを右内頚静脈から術後12-24時間の肺動脈圧モニタリング目的で挿入する施設もある1)。
たとえNowood術後(並行循環が継続し密な管理が必要)であっても、成長過程によりmBTSなどのシャントは相対的に小さく制限的となり、肺血管抵抗を下げるような操作でも過剰な容量負荷となりにくい。また、術前肺血管抵抗は低いため、それ以上は肺血管抵抗は大きく低下せず、Qp/Qsの変化は小さい1)。すなわち、高酸素濃度での導入も耐えられることが多い。
通常は上大静脈と右房に脱血管を挿入して人工心肺を確立する。上大静脈と右房との接合部で切断する直前に上大静脈をスネアする際、中心静脈圧の上昇がないことを確認する。上昇した場合は追加で脱血管が必要な場合がある。中心静脈圧や近赤外線分光法(NIRS)を用いて、脳灌流(CPP = MAP – ICP or CVP)をモニターする。
人工心肺離脱後
Glenn術後は並行循環ではなく、(foward-flowを残していない限り)心室に課される心拍出量(容量負荷)は、全身循環のみを灌流するのに必要な量にまで減少する。肺血流は上大静脈を介した上半身の血液が還流する。生後6ヶ月頃には、上半身への血流量は少なくとも下半身と同程度となり、酸素化血液と非酸素化血液の混合は1:1かそれ以上となる1)。つまり、術後の全身酸素飽和度は若干増加すると予想される1)。
(Foward-flowを残していない限りは)肺血流を送り出す心室は存在せず、肺血液は上半身からの受動的な静脈還流に依存している。そのため、Glenn術後の循環には、肺血管抵抗を最小限にすることが重要である。機能的残気量で肺血管抵抗は最小となるため、人工心肺離脱直前に気管チューブの分泌物を除去し、肺を完全に膨らませ無気肺を無くす。PEEPは無気肺を予防するために有用であるが、過剰なPEEPは肺血管抵抗を上昇させる。Glenn/Fontan循環という観点からは、一つの目安としてPEEPが6 mmHgを超えないようにする2)。
PaCO2は低い方が肺血管抵抗が小さくなるが、PaCO2 40-50 mmHgにすることで脳血流を増加させ、上大静脈肺動脈結合を介した肺血流を増やし(cavopulmonary-cerebral circulation)、全身と脳酸素飽和度を増加させると考えられている1,3,4)。
これらの方法でも低酸素血症となる症例では、肺血管抵抗を低下させるためにNO吸入が用いられる。
術後管理
低酸素血症
術後の肺血流は、心室のポンプ機能というサポートのない、上半身からの受動的な静脈還流に依存している。そのため、血管内容量が少ないと循環が破綻する。人工心肺の影響や術後出血に対し、迅速で十分な輸液・輸血が必要である。
肺血流を増やすためには、前述のように肺血管抵抗を低く保つことが大切である。吸痰による気管内分泌物を除去し、無気肺を防ぐ。脳循環を増やし肺血流を増やすためには、PaCO2 40-50 mmHgに調節する1,3,4)。頭部を30-45°挙上し、首を回旋・伸展・屈曲せず自然な体位にすることで、脳静脈還流が良好となり肺血流が増え、酸素化が改善する1)。陽圧換気は肺血管抵抗を上昇させるため、早期抜管による自発呼吸とPaCO2の軽度上昇を目指す。
血管内容量や肺血流の観点以外にも、静脈還流が上肢から肺循環をバイパスし、心臓(冠静脈洞)や下肢静脈系に流れるような側副血行路があると低酸素血症を呈する。このような側副血管はカテーテル的に塞栓することが可能である。
高血圧
術後早期には体高血圧も問題となる。Glenn術後の上大静脈は肺動脈圧と等しく、平均で12-18 mmHgにまで上昇している1)。そのため、脳灌流圧(CPP = MAP – ICP)が低下するため、高血圧はその代償機構と考えられている1)。
References
- Anesthesia for Congenital Heart Disease, 3rd Edition. Dean B. Andropoulos et al.
- Williams DB et al. J Thorac Cardiovascular Surg. 1984 Jun;87(6):856-61.
- Li J et al. Critical Care Med. 2005 May;33(5):984-9.
- Mott AR et al. Pediatre Crit Care Med. 2006 Jul;7(4):346-50.
- Kawashima Y et al. J Thorac Cardiovascular Surg. 1984 Jan;87(1):74-81.
- Shah MJ et al. Ann Thorac Surg. 1997 Apr;63(4):960-3.
- Anderson’s Pediatric Cardiology. Fourth edition
- Roeleveld PP, et al. Cardiol Young. 2018. Nov;28(11):1275-1288. PMID: 30223915.
- Petrucci O et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2010 Mar;139(3):562-8. PMID: 19909996.
- Luo S et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2020 Dec;160(6):1529-1540.e4. PMID: 32595030.
コメント
コメント一覧 (8件)
[…] 上大静脈肺動脈吻合(bidirectional cavopulmonary shunt: BCPS) / Glenns手術 […]
[…] Glenn手術とFontan手術に関しては、単心室循環の他の病態でも同様であるため、別記事で扱う。 […]
[…] 多くの患者では前段階としてGlenn手術が施行され、18ヶ月から3歳頃までにFontan手術が施行される1)。ただし、Glenn手術後の心コンプライアンスの変化や肺血管床・肺血管抵抗など、後述のようなFontan循環に耐えられなければ施行することはできない。 […]
[…] Norwood手術→Glenn手術→Fontan手術を参考のこと。 […]
[…] 単心室(TCPC)に向かう場合は、その前段階として両方向性大静脈肺動脈吻合(Glenn手術)を行う。 […]
[…] 右室機能が強く障害されている場合には、最終的には単心室循環(Glenn手術とFontan手術を参照)をゴールとして考えるが、低形成の右室であっても肺動脈へ血液を部分的に駆出できる場合もあるので、その場合はone-and-a-half ventricle repair(純肺動脈閉鎖とGlenn手術を参照)を考える。 […]
[…] 単心室循環の場合は、GlennやFontan手術について […]
[…] また、小児では、単にシャントにより肺血流が増加し肺高血圧となっている患者も含まれてしまう、GlennやFontan手術後の肺動脈血流は非拍動性でありmPAPが25mmHgを超えづらい、といった問題点を踏まえ、2011年にPanamaで行われたPulmonary Vascular Research Institute Pediatric Taskforceによる会議により、Pulmonary Hypertensive Vascular Disease (PVHD)の定義として、 […]